「このようなバカがクーデターをするのか」 尹前大統領運命の日、死刑を免れるか

内乱首謀などの容疑で起訴されて1審宣告を控えた尹錫悦(ユン・ソクヨル)前大統領は、43回行われた裁判に数カ月間欠席したり弁護人を下がらせて自ら発言したりするなど、さまざまな姿で目を引いた。非常戒厳は合法的な大統領権限の行使だったという主張は変わらなかった。 ◆「数時間の内乱がどこにあるのか」 尹前大統領は戒厳宣言から55日目の昨年1月26日、拘束状態で起訴された。ソウル漢南洞(ハンナムドン)の官邸に留まりながら高位公職者犯罪捜査処の逮捕状執行を拒否していたが、警護処が封鎖を解除して逮捕された後だった。しかし3月7日に裁判所が「拘束期間の算定に誤りがあり満了した」という理由で釈放し、尹前大統領は4月14日に不拘束状態で初めて裁判に出席した。 最初の裁判から尹前大統領は弁護人の代わりに自ら容疑を否認する姿を見せた。公訴事実を朗読した検察のPPT資料をページを追いながら1時間19分の反論した。尹前大統領は12・3戒厳について「平和的な対国民メッセージ戒厳だった」とし「数時間の内乱というのが人類の歴史にあるのか問いたい」と述べた。また「ナンセンス」という表現を6回使用しながら「(国会に)入ることができる人たちはみんな入ったが、国会議長と野党代表が写真を撮って塀を越えて入るショーをした」と主張した。 同じ裁判で尹前大統領は「司令官や部隊長が私と長官のコミュニケーションを越えて非常マニュアルで措置を取ったのではと思う」「各自定められたマニュアル通りにしたところ、私や長官が考えたこと以上の措置を準備したのかもしれない」と話した。戒厳当時の軍の行動がすべて自身の責任ではないとの抗弁だった。 ◆16回の欠席、初の求刑遅延 尹前大統領は126日間、不拘束状態で裁判を受けたが、昨年6月に発足した内乱特検チーム(特別検察官、趙垠奭)により7月10日、逮捕妨害(特殊公務執行妨害)容疑で再拘束された。すると尹前大統領は健康上の理由を挙げながら4カ月間、裁判に16回連続で欠席した。 尹前大統領は10月30日になって「健康上の問題があってもできる限り裁判に出る」として法廷に戻った。しかしその後も容疑を否認し、戒厳宣言を正当化した。1月13日に開かれた最後の公判で尹前大統領は「(私みたいな)このようなバカがどうやって親衛クーデターをするか。クーデターをするのなら機転が利かなければいけない」と容疑を否認した。尹前大統領は「国会がやめろと言ってやめる内乱を見たことがあるか」「国会を解散しようとすれば全国を装甲車とタンクで平定しなければいけないが(私が)そのようにしたのか」と主張しながら机を叩いたりもした。 当初、裁判所は4日前の1月9日に内乱特検チームの求刑まで終える計画だったが、尹前大統領と併合されて裁判を受けた金竜顕(キム・ヨンヒョン)前国防部長官の弁護人が通常は簡略に済ませる書証調査に12時間を所要し、求刑が延びた。13日の公判では尹前大統領側の弁護団も11時間のマラソン書証調査をしたが、特検チームは同日、尹前大統領に法定最高刑の死刑を求刑した。 1審宣告はソウル中央地裁刑事25部(部長、池貴然))によりソウル瑞草区(ソチョグ)裁判所総合庁舎417号の大法廷で下される。1996年に全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領、盧泰愚(ノ・テウ)元大統領、2017年に朴槿恵(パク・クネ)元大統領、2018年に李明博(イ・ミョンバク)元大統領が立った法廷だ。特検チームは死刑を求刑し、内乱首謀容疑の法定刑は死刑、無期懲役、無期禁錮だけだが、裁判所の判断と減軽事由により懲役10年以上の有期懲役刑が宣告される可能性もある。無罪が宣告されても尹前大統領は先月16日、特殊公務執行妨害容疑で1審で懲役5年を言い渡されているため拘置所に収監される予定だ。

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