坂口杏里、かつて“親子デートの仲”父・尾崎建夫と「一緒に住みたい」懇願も絶縁状態になった背景 母・良子さん亡き後に親密関係も

東京・八王子市のコンビニで約300円のサンドイッチ1個を万引きしたとして窃盗の疑いで現行犯逮捕され、先日身柄が解放された元タレントの坂口杏里(35)が3月31日までにインスタグラムのストーリーズを更新。父のプロゴルファー・尾崎健夫(72)との連絡を熱望した。 《義理のお父さん、プロゴルファー 尾崎建夫 と今すぐ連絡取りたい あわよくば 一緒に住みたい だれかこの声が届きますように》(原文ママ) 杏里の母で女優の故・坂口良子さんは1986年に会社経営者と結婚し、89年に長男、91年に杏里を産んだ後、94年に離婚。2012年8月に尾崎と再婚したが、わずか7か月後の13年3月に横行結腸がんと肺炎により57歳という若さで亡くなった。 「良子さんの前夫は19歳年上で不動産業をしていましたが、バブルが崩壊すると経営していた会社が倒産。連帯保証人の良子さんに40億円の借金を負わせました。良子さんはそれを返すために身を粉にして働いていて、杏里さんはその姿を見て育ったこともあり、長く“父親”という存在には複雑な思いがあったようです。 一方で良子さんはトッププロゴルファーの尾崎さんと98年に知り合い、10年以上事実婚状態でした。11年頃に良子さんの体調が悪くなると、残りの日々を夫婦として過ごそうと籍を入れています。事実婚が長引いたのは、杏里さんが、新しい父という存在をなかなか受け入れられなかったからだといいます。良子さんは、何よりも杏里さんの意向を大切にしていました」(ベテラン芸能記者=以下同) 再婚の結婚披露宴に出席した杏里は当時ブログで、長く「おじさん」としか呼べなかったこと、この日初めて「お父さん」と呼べたことを記し、《両親のあんなにいい笑顔を見たら、今までの辛かったことも、あってよかったなって思いました!》と手放しで祝福。ただし、この頃杏里は、母が末期がんであることを知らされていなかったという。 「尾崎さんは、杏里さんとともに13年7月26日放送の『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS系)に出演すると、良子さんが末期のがんだったことを、良子さん本人にも杏里さんにも伝えていなかったことを告白。 良子さん自身はがんであることはわかっていたものの、末期だとは知らされず、また杏里さんには、芸能活動が伸びていた頃だったことを慮り、良子さんの意向で伏せられたことを説明しました。良子さんは最後の最後まで仕事を続けていたのですが、それは杏里さんに自身の元気な姿を見せたかったからだそうです」 同番組で杏里は、結婚に反対していた理由として「ママが離婚しておじさんと出会って、私の世界で一番大好きなママがおじさんに取られてしまうと思って、それがイヤでたくさん嫌な気持ちになるようなことをしてきちゃいました」と告白。 しかし、その後は尾崎を “パピー”と呼んで慕い、13年から14年にかけて仲の良さをアピールするブログ記事が複数更新されている。 たとえば13年末には杏里が“家族ご飯”を企画し、高級焼肉をごちそう。14年1月には尾崎の還暦祝い、また良子さんが亡くなって1年経った14年3月のブログでは、《絶縁仕掛けていたパピーとも、今じゃ友達みたいに仲良し!》として尾崎との2ショットを公開した。 「14年9月、尾崎さんが『2014年 コマツオープン2014』で優勝した日は、ちょうど杏里さんの初主演映画『ハニー・フラッパーズ』公開初日。お互いに電話で祝福し合ったあと、2人で食事に出かけるなど、良子さんが亡くなったあとの家族関係を密にしているように見えました」

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