通報を受けて警察が現場に駆けつけたのが去年の12月半ば。医薬品医療機器法違反で身柄を拘束されたのはキャンプイン直前の1月末でした。広島カープの若きホープ、羽月(はつき)隆太郎被告(25)が逮捕されるまで1ヵ月以上かかったのは「エトミデートの鑑定に時間がかかるから」。 昨年11月、都内で初めてエトミデートの使用者が逮捕された際は鑑定に半年くらいかかっていますから、それでも早くなってはいるのです。覚醒剤には妊娠検査薬みたいな簡易検査キットがあって緊急逮捕できるんですが、エトミデートは新しく入ってきた薬物だから、まだ簡易検査のキットが開発されていない。 科捜研(科学捜査研究所)に被疑者の尿を提出して正式鑑定してもらうしかない。しかも事件件数が増えているから、余計に時間がかかる。都内だと渋谷警察署管内にエトミデートが大量に流入しているらしく、現場は苦労しています。 元警視庁警部補の小比類巻文隆氏(52)は’93年に入庁。’23年に退官するまで、国際捜査官として30年のキャリアのほとんどを薬物対策、組織犯罪対策に費やしてきた。先週号の「芸能人篇」に続き、違法薬物の密輸など闇組織との攻防について聞いた。 エトミデートは製造コストが安い。計算してみたのですが、エトミデートを吸うための電子タバコのリキッドタンクは10mlぐらいしか入らないから95円程度です。それが闇市場では3000円で売られているという事例報告がありました。 実際の含有量が不透明であることを考えると明らかに割高で、これは違法ドラッグマーケット特有の″リスクプレミアム″(危険負担料)です。円安になり、覚醒剤は日本人にとって高級品になりました。 しかし、覚醒剤が売れなくなった″穴″を犯罪組織は放っておきません。エトミデートなど、安価な薬を持ってきて″埋める″のです。これを私は「ドラッグ経済のスライド現象」と呼んでいます。 あれはいつだったか、市販の風邪薬に覚醒剤と似た成分が入っているのを利用して、風邪薬から覚醒剤を精製しようと試みた外国人の売人がいました。 計画が周囲に漏れて″風邪薬覚醒剤″が出回る前にその売人は逮捕されました。市販薬なら安価で為替相場も無関係ですが、覚醒剤は非常にデリケートで変な作り方をすると純度が落ちる。精製できていても売れなかったと思います。 純度の高い覚醒剤は原材料費と人件費の安い国でプラント(製造施設)を設けて作る必要があり、日本への流入は密輸という形になる。 犯罪組織の連中は本当にいろんな密輸方法を考えますよ。昔、「黒シャブ」と呼ばれる″黒い覚醒剤″がありました。覚醒剤を黒く着色してコピー機のトナーに偽装して輸出。日本国内で色を抜いて販売するわけです。 吸引濾過(ろか)法といって、真空状態にしてフィルターを通すことで強制的に濾過。抽出した液体を煮詰めるなどして蒸発させて再結晶させる析出(せきしゅつ)という工程を踏んで、本来の白色に戻すのですが――先ほどの″風邪薬覚醒剤″と同様、余計な工程が入ることで純度が落ちる。評価も値段も落ちるんです。 最近では刑事ドラマにも出てくるので、「S」が情報提供者を指すことを皆さんご存知かと思いますが、私にとっての「S」は海外の捜査機関の人間でした。 「何月何日の何便の何番のコンテナにトナーに偽装した覚醒剤が入っている」 などとSから連絡が来て、税関でチェックすると確かに覚醒剤反応が出る。 ただ、そこでは何もしません。「コントロールド・デリバリー」(CD)という、″泳がせ捜査″をします。CDには2種類あって、ライブ・コントロールド・デリバリー(LCD)は密輸された覚醒剤をそのまま流通させて、受け渡し場所で受け取りに来た人を逮捕する手法。 クリーン・コントロールド・デリバリー(CCD)は中身を塩に入れ替えて、あとは同じ流れです。税関で見つかった大口の密輸事件はだいたいどちらかの捜査手法を取りました。私は日本で初めてCD捜査をやったチームの一員なんです。 ただ、この捜査手法はウィキペディアに載るほど知れ渡っており、最近だと空き家を配送先に指定してブツを送りつけて、空き家と関係ない人間が受け取るという手口を使うようになりましたね。