「それでも私はやっていない」原口アヤ子さん(98)の訴え…知的障害ある3人に自白誘導し逮捕 5度目の再審請求に弁護士「死ぬのを待っているのではないか」 大崎事件

無罪を訴える女性は現在98歳。原口アヤ子さんは大崎事件で5回目の再審請求を申請中だ。 大崎事件弁護団共同代表で日弁連再審法改正推進室長の鴨志田祐美弁護士は「やっぱり本人が生きているうちに無罪を勝ち取ってなんぼ」として「アヤ子さんは一貫して『自分はやってない』と。逮捕からいまに至るまで、一回も自白をしていない。冤罪事件では珍しい」と語る。 今から47年前の1979年10月、鹿児島県大崎町の牛小屋のたい肥置き場で男性の遺体が発見された。その後の捜査で、男性に生命保険がかけられていたことが判明。警察は「身内による保険金目的の殺人」として、男性の兄弟2人と甥の3人を逮捕した。 鴨志田弁護士は「ところが男性3人の共犯者とされた人たちが『アヤ子の指示で自分たちもやったんだ』という自白をしてしまったがために、アヤ子さんが主犯格とされて有罪になった」と、判決を決定づけたのは、共犯とされた3人の男性たちの証言だったと説明。 「この3人というのは、全員が知的障害を持っている人たち。今だったら供述弱者という言葉が最近はよく使われるようになったが、こういう(特性を持っている)人たちを3人も自白をさせて、健常者で否認し続けているアヤ子さんまで有罪にした」と指摘した。 1981年にアヤ子さんには有罪判決として懲役10年の刑が確定し、1990年に刑期が満了して出所。しかしアヤ子さんは「それでも私はやっていない」と、1回目の再審を請求したのは出所してから5年後の1995年。それから7年後の2002年に鹿児島地裁が再審開始を決定したものの、検察が抗告。2004年に高裁で取り消された。それ以降2010年、2015年、2020年と再審請求を出し続け、2026年には第5次請求を申請中で、裁判のやり直しを求めている。 「地裁、高裁で3回再審開始方向の判断が出た事件というのは大崎事件しかない」と語る鴨志田弁護士。第4次請求で弁護側は、被害者が自転車ごと側溝に転落した事故で頚髄を損傷し、殺害時刻にはすでに死亡していたと主張。救命救急医の医学鑑定書などを新証拠として提出したが、認められなかった。 「98歳、もう残されている時間は本当にない」と訴える鴨志田弁護士は「大崎事件は間に合わないと思っている。一刻も早く改正をしてほしい。抗告の禁止を勝ち取らないことには、時間は有限。本当に刻々と命の炎が消えかかっているような中、抗告を禁止するという法制審には入っていない。これをどうやって抗告禁止というところに法務検察の舵を切らせるか」と話す。 「大崎事件の弁護人という立場から言わせてもらうと、鹿児島地裁が今私たちが出している新証拠を評価して再審開始の決定をしても、この検察官の『不服申し立て』が残っている限りは必ずする。今までの経緯からいって。抗告したら2年とか3年とか普通にかかる。もうすぐ99歳の人に2年、3年後その抗告審で長引かせるということは、本当に死ぬのを待っているんじゃないかとさえ、勘ぐるような状況」と続けた。 再審請求から31年が経過している本件について、レゾバティール法律事務所の阪口采香弁護士は「長すぎる。しかも3回も再審開始決定が出ている。それなのに検察が抗告、抗告ときたせいでこんなにかかってしまって。まだご存命ではあるが、本当にいち早くしないといけない。1回有罪認定されているだけでも、すごく精神的にキツイと思う。無実なのに犯人と言われるのだから。ご存命のうちに早く無実を晴らして『この人は無罪だった』「認められて本当によかったね』という形を本当に作ってほしい」と訴えた。 冤罪被害者を支援する活動に取り組むフリーアナウンサーの古舘伊知郎は「(本件は)まったく自白がない。一貫している。殺されたと言われている人は酒乱だった。当日親族の披露宴があって、事件があったと言われているたい肥小屋のところで亡くなっていたとわかった時、親族が披露宴に出ていたりして、その人は一人で酔っ払ってしまって、深さ80センチの側溝にはまって寝てしまっているような状態だった。頸髄損傷の可能性もあると言われている」と指摘。 「ここで一つちゃんと見なければいけないのは『誰が殺したんだ』という決め込みからはずれて、『これはもしかしたら亡くなっていたかもしれない』『何者かが遺体をあそこに遺棄したのかもしれない』。殺人と死体遺棄じゃ全然違う。まずそこから解きほぐさないといけない」と、自身の考えを述べた。 (『ABEMA的ニュースショー』より)

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