【箱の中には5体の赤ちゃん遺体】「死ぬのは当然」“助産師界の第一人者”が『悪徳経営者』に成り下がるまで(昭和23年の事件)

1948年1月、東京・新宿区の路上で自転車を走らせていた葬儀屋が職務質問を受けた。荷台の木箱を開けると、中には5体の乳児の遺体。これが、日本犯罪史に刻まれる「寿産院事件」の発覚の瞬間だった。 逮捕されたのは寿産院院長の石川ミユキ(当時52歳)と夫の猛(同55歳)。東京帝国大学病院付属産婆講習科を卒業した高学歴の持ち主で、逮捕当時は日本助産婦看護婦保健婦協会の理事まで務めていたミユキは、助産師界の第一人者として知られた人物だった。

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