長年、民主党支持者が多い「リベラル派の牙城」とされてきたシリコンバレーで、異変が起きている。イーロン・マスク氏をはじめ、一部のテック富豪や投資家たちが、トランプ氏への支持を鮮明にし始めたのだ。背景にあるのは、規制強化や富裕層課税への不満、そして「反ウォーク」を掲げる保守的な価値観への接近だった。シリコンバレーとトランピズムは、なぜ近づいたのか。その現場の空気感を伝える2026年6月発売の『ルポ シリコンバレー』(五十嵐大介著/朝日新書)から、一部を抜粋・編集してお届けする。 * * * ■リベラルの街に集まったトランプ支持者たち シリコンバレーは長年、民主党支持者が多いリベラル派の牙城とされてきた。だがこの数年、その状況が変わり始めている。 「アメリカ、ファースト。アメリカ、ファースト」 米大統領選の5カ月前の2024年6月6日、サンフランシスコの高台にある高級住宅地パシフィックハイツ。近くで開かれる資金集め夕食会に訪れるトランプ氏を一目見ようと、数百人のトランプ支持者が集まった。民主党が圧倒的に強いこの街で、ここまで多くのトランプ支持者を見るのは珍しい。 「トランプ氏のすべてを支持している。我々は違う方向に進む必要がある」 メガホンを片手に支持者らに呼びかけていたダニエル・グッドウィン氏は、私の取材にそう話した。グッドウィン氏は21年1月の連邦議会襲撃事件で逮捕され、その後釈放されていた。ITエンジニアとして活動しながら、インフルエンサーとしてトランプ氏支持のコンテンツを発信している。 夕食会を主催したのは、著名投資家のデビッド・サックス氏。人気ポッドキャスト「All-In(オールイン)」のホストを共に務める、著名投資家チャマス・パリハピティヤ氏と企画した。サックス氏は米決済大手ペイパルの元幹部で、イーロン・マスク氏ら「ペイパルマフィア」と呼ばれた同社の元社員らと近い。スタンフォード大学時代には著名投資家のピーター・ティール氏と共に保守系雑誌を運営していた。 スリランカ生まれのカナダ系米国人パリハピティア氏は、旧フェイスブック(FB、現メタ)の初期の幹部で、創業者のマーク・ザッカーバーグ氏とも近い。スタートアップとの合併を目的に上場させる手法で、コロナ下前後に急増した「特別買収目的会社(SPAC)」を多く手がけ、一時は「SPAC王」とも呼ばれた。 トランプ氏の支援パーティーは、チケットが1人最低5万ドル(約780万円)で、一晩で1200万ドル(約19億円)の資金を集めたとされる。 夕食会の実現に尽力したとされるのが、副大統領候補だったバンス上院議員(当時)だ。 バンス氏はロースクールを出た後、ティール氏の投資ファンドで働いていた。22年にバンス氏が上院議員選に出馬した際、ティール氏が資金提供しており、バンス氏はシリコンバレーとの距離も近い。 「夕食会で出た多くの議論は、バイデン政権下ではいかにビジネスが難しくなっているかということだ」。サックス氏は後日、トランプ氏を招いたポッドキャスト番組「オールイン」でそう話した。 「デビッドの家は気に入ったよ。大きな印象を与えたな」。番組の冒頭、トランプ氏が満足そうにそう言うと、サックス氏は「サンキュー、サー」と応じた。 ■シリコンバレーの空気を変えたマスク氏の転身 シリコンバレーの雰囲気を変えたのが、世界一の富豪イーロン・マスク氏だった。 24年7月13日、トランプ氏は東部ペンシルベニア州バトラーでの演説中に銃撃を受けた。銃弾はトランプ氏の右耳をかすめ、一命を取り留める。シークレットサービスに囲まれて演壇にかがみ込んだトランプ氏は、その直後、右手を突き上げて「ファイト、ファイト」と声を張り上げた。 この直後、マスク氏は「私はトランプ大統領を完全に支持する」とX(旧ツイッター)に投稿。トランプ氏の支持を初めて公式に表明した。 マスク氏は22年、自分は無党派で、以前は民主党を支持しており、ヒラリー・クリントン元国務長官やバイデン前大統領らに投票してきたと説明していた。だが、同年の中間選挙では、共和党への投票を呼びかけ、その後はバイデン前政権への批判を繰り返してきた。 マスク氏は、なぜトランプ氏支持に回ったのか。これまでの言動を見ると、いくつかの理由が浮かぶ。 一つが規制緩和だ。マスク氏はコロナ下の20年、電気自動車大手テスラのカリフォルニア州の工場の一時停止を求められ、地元の郡を提訴している。マスク氏は環境や労働面の規制が強い同州に不満を示しており、21年にテスラの本社を南部テキサス州に移転した。 カリフォルニアのリベラルな政治風土も敵視する。同州のニューサム知事は24年、子どもの性自認について、教師が本人の許可なしに保護者に通知することを禁止する法律に署名。その直後、マスク氏はXの投稿で「我慢の限界だ」として、XとスペースXの本社をテキサス州に移転すると表明した。 マスク氏は24年7月、心理学者で作家のジョーダン・ピーターソン氏のインタビューで、子どものトランスジェンダー問題に注目する理由を問われ、自身の息子が性別適合医療を受けたことを挙げている。米国では保守派の間などで、学校で教師が子どもの性自認の問題に介入することへの不満が根強い。 マスク氏は、息子の医療の書面に署名する際、「だまされた」と言及。「意識高い系」に近い意味を持つ「woke(ウォーク)」という言葉を使い、「息子はウォークな考えというウイルスに殺された」と話した。 ■規制強化と「ウォーク」への反発 トランプ氏支持に回る起業家らに共通するのは、政府による関与を極力減らす「リバタリアン(自由至上主義)」的な考え方だ。 共和党が24年の党大会で決めた綱領では、仮想通貨の規制緩和に言及。「AIのイノベーションを阻害するバイデン氏の大統領令を撤廃する」として、テック業界寄りの政策を打ち出した。 背景にあるのが、2010年代に広がったシリコンバレーのテック起業家らへの世論の厳しい批判だ。テックを「攻撃する(lash)」という意味から、「テックラッシュ」と呼ばれた。 1990年代のクリントン政権からその後のオバマ政権まで、シリコンバレーの起業家らは伝統的に民主党支持者が多かった。 だが、2016年の大統領選後に発覚した、FB利用者8000万人以上の個人情報が流出した「ケンブリッジ・アナリティカ」問題などをへて、テック企業への風当たりが強まった。政府の関与を強める「大きな政府」を志向するバイデン前政権は、巨大IT企業への規制や、富裕層への課税強化を打ち出し、一部の投資家らに不満が広がっていた。 これまで民主党の候補を支持してきたという著名ベンチャーキャピタルの共同創業者、マーク・アンドリーセン氏とベン・ホロウィッツ氏の2人も24年7月、自身のポッドキャストでトランプ氏支持を表明した。 1990年代から民主党の大統領候補を支持してきたアンドリーセン氏は「かつての民主党は、ビジネス支持、テック支持だった」と指摘。「だが、(オバマ政権時の)2010年代初めごろから反ビジネスの機運が広がってきた」として、民主党への不満を示した。 他のテックリーダーもその「変化」を感じ取っていた。 「トランプ氏を支持するテック経営者は、8年前より明らかに増えた」 米データ管理サービス大手ボックスのアーロン・レビィ最高経営責任者(CEO)は24年11月、私の取材にそう話した。 レビィ氏は政治的な問題についても歯に衣着せぬ発言を投稿し、「シリコンバレーのご意見番」的な立場で知られる。24年の大統領選では、民主党のハリス前副大統領の支持を公言していた。 レビィ氏は「一部の人は、規制や税制での民主党の施策に飽き飽きしていた」と指摘。バイデン政権がIT大手による買収への監視を厳しくしたことで、新興企業の投資家が買収によって収益を得られなくなり、「多くの人が不満を抱えていた」とみる。