高層のオフィスビルやマンションの谷間にありながら、緑に囲まれた東京・赤坂のカフェレストラン。経営者の男性(以下、A氏)はここで、「会長」と呼ばれる男からある人物を紹介された。 交換した名刺の肩書きには〈自民党〉〈前衆議院議員〉とあった。このときA氏の前に現れたのは、安倍政権と岸田政権で2度にわたって復興相を歴任した渡辺博道氏だった。会長と呼ばれる男は、渡辺議員に、A氏が経営する会社について説明した。 「先生、Aさんの会社は有望なんです。もう、私たちのグループ会社の一員ですから」 続けてA氏も目の前のベテラン政治家に対して、自社の事業内容について熱を込めて語った。 「ぜひ頑張ってください」 あいさつの時間は3分にも満たなかったが、渡辺議員は最後に、A氏をそう言って励ましたという。 「この日は、M&A(企業合併・買収)や経営コンサルを手がける、ライオンズフィデス・パートナーズ(東京・港区。以下、ライオンズ社)の食事会でした。ライオンズ社の傘下には、医療や飲食、農業などの分野で提携する複数の企業があり、食事会にはこうした企業の経営者や関係者が多数参加した。 渡辺議員は、ライオンズ社の最高顧問でもあるということで紹介してもらったのです。食事会で、私は渡辺議員の斜向かいに座り、会話も弾んだ。多くの政治家は、会合の冒頭であいさつだけ済ませて退席するというイメージでしたが、渡辺議員は3時間近くに及んだ食事会の最後までいた。このときの関係者でつくるグループLINEには、渡辺議員も加わっています。ライオンズ社と渡辺議員の関係の深さを実感しました」(A氏。以下断りがない場合はすべて同じ) この食事会があったのは’24年11月。渡辺議員は、直前の総選挙で落選したことから、〈前衆議院議員〉の名刺を渡していたことになる(’26年2月の総選挙で再び当選)。 また、このとき傍らにいた「会長」は、ライオンズ社の実質的経営者とされる「酒井崇匡氏」である。酒井会長は、渡辺議員に対して、A氏の会社を「私たちのグループ会社の一員」と紹介したが実際は異なる。 「ライオンズ社のM&Aに応じて、グループの傘下に入ることになったのは食事会のあとの’24年12月でした。その直前に渡辺議員に会い、『政治家の先生も関わっている信頼できる会社なんだ』と感銘を受けたことが、自社の売却を決断する最後の後押しになりました」 こうしてA氏は、M&Aによって自社をライオンズ社に売却する決断をした。しかし間もなく、順調だった経営は一変。ライオンズ社によって数々のトラブルが引き起こされることになる――。 A氏の会社は、有名タレントとコラボして開発したキッチングッズや食材、生活用品を、衛星放送などの24時間テレビショッピングで販売するビジネスモデルで実績をあげていた。一方で、さらなる成長と自身の将来の生活を見すえ、より資金が豊富な企業に事業を譲ろうと考えていた。そんなときに知人を介して紹介されたのが、ライオンズ社のX取締役だった。 「X取締役からは当初、東京美食Laboというライオンズ社の関連会社が企画したレトルトカレーを、テレビショッピングで売りたいという相談がもちかけられました。打ち合わせのなかで事業売却や資金繰りの話もするようになり、X取締役から『私たちもM&Aの検討先に加えてほしい』と働きかけがあった」 このときA氏のもとには、複数の売却先候補があったというが「ライオンズ社は、買収後も潤沢な資金を投じて、事業を拡大することを約束してくれた」ことなどから売却を決断。冒頭のように渡辺議員の存在も後押しとなって、’24年12月19日、A氏の会社の全株式と、ライオンズ社が保有する東京美食Laboの500万株を交換するというかたちで譲渡することになった。