故2パック、殺害を指示した元ギャング・リーダーに有罪判決

ラップ界の伝説、2パックことトゥパック・シャクールの殺害を指示したとして、ドゥエイン・“キーフィー・D”・デイヴィス被告に、米ラスベガスの陪審によって有罪判決が下された。1996年に起き、約30年にわたって未解決だった事件にやっと決着がついた。 陪審員はわずか3時間の審議を経て、当時米ロサンゼルスのギャング・リーダーだったデイヴィスについて、25歳だった2パックが死亡した1996年のラスベガスでの車上からの銃撃事件を主導したとして、凶器使用による第一級殺人罪で有罪の評決を下した。 判決は、2週間にわたる公判の末に下された。検察側は、デイヴィスの甥が2パックに殴られたことへの報復として、殺害を指示したと主張。事件への関与を繰り返し公の場で語ってきた被告自身の発言を、その根拠として示した。一方、弁護側は、そうした発言は自身の知名度を高め、本を売るために作り上げた話に過ぎないと主張していた。しかし検察側は、デイヴィス被告が犯行によって利益を得ようと、自らの関与について真実を語っていたと反論した。 2パックは、1996年9月7日に米ラスベガスで車上から銃撃され、6日後に死亡した。当時、ヒップホップ界では東海岸と西海岸の対立が激化しており、その数か月後には対立する陣営の中心人物だったノトーリアス・B.I.G.も銃撃され死亡した。いずれの事件でも当時は逮捕・起訴に至らず、2つの未解決事件はアメリカの音楽史・文化史における謎として長く語り継がれてきた。 しかし2023年9月、検察はデイヴィスを殺人罪で正式に起訴した。1990年代に米ロサンゼルスでクリップスのギャング・リーダーを務めていたデイヴィスが、事件当夜に2パックの一行が甥を暴行したことへの報復として、殺害を計画・指示したと主張したためだ。検察は、2019年に出版した回顧録やポッドキャストでのインタビューなど、被告自身が犯行への関与について率直に語った発言を証拠として提出した。 2週間にわたる公判で、検察側は24人の証人を召喚し、8時間を超える録音を再生。その大半は、デイヴィス被告自身が事件への関与について語った音声だった。一方、弁護側の反論は短く、マイケル・サンフト弁護士は事件とその後の捜査に携わった警察関係者3人を証人として呼ぶにとどまった。 有罪判決を受けた63歳のデイヴィスは、仮釈放の可能性がない終身刑を言い渡される可能性がある。量刑については、今後裁判官が検討したうえで、後日判決を言い渡す予定だ。

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