【独占告白1】元バレー代表・佐藤駿一郎「全て失った」 事件後は反省の日々

乾燥大麻所持によって麻薬取締法違反(所持)で拘禁刑1年、執行猶予3年の判決を受けた元バレーボール男子日本代表ミドルブロッカーの佐藤駿一郎(26)が23日、都内で本紙の単独取材に応じた。事件を反省する日々や28年ロサンゼルス五輪出場を決めた代表チームについて胸中を明かした。また、今後はインドで競技を継続する考えを示した。以下は一問一答全文(1)。 ――騒動後どのように過ごしていたのか。 「5月下旬に自分の失態で大麻を所持して逮捕されました。凄く大事な時期でしたし、たくさんの人に迷惑をかけてしまったと正直思います。保釈で出てから1~2カ月ぐらいは前に進むというより反省していました。自分の中で整理する時間もありました。自分自身と向き合う時間が多かったです」 ――代表が登録抹消となり、名古屋も契約解除。直後はどう過ごしてたのか。 「後悔しました。でもバレーをやめたい欲はなく、バレーボールを続けるしかないなと思っていました。ウルフドッグス(名古屋)さんにたくさん問い合わせがいき、迷惑を掛けました。代表の選手全員が持ち物検査や薬物検査をしたと後から確認しました。大事な試合前に余計な問題事を与えてしまったなと申し訳なさを身に染みて感じていました。今季、代表は良い結果で終わましたが、事件がなかったらあの場にいたかもしれないと考えたら、自分が犯してしまったことは自分が思っている以上に大きなことでした。全て失って後悔しています」 ――反省の日々が続く中で、前を向くきっかけはあったのか。 「地元(仙台)の小さい頃からの友達の存在が大きかったです。僕が活躍する試合に見に来てくれたり、応援してくれていました。みんなそれぞれの職場で、僕のことで上司に言われたりすることもあったと思います。それでも変わらず接してくれました。“ここからまたはい上がってほしい”“大きな失敗だけど、ここからどういう行動するかが大事”と話をしてくれた。地元の友達が寄り添ってくれた。今回のことについてきつく言われましたが、自分のことを思って言ってくれていた。自分の友達や両親、周りの方に恵まれました」 ――事件後、大麻との向き合い方はどうだったのか。 「依存していないと自覚していますが、依存症じゃないかと両親から言われました。両親を安心させるために、病院で診断を受けました。(医師から)依存はしていないが、再犯リスクはあると話をされた。危ないものがあるところに行かないようにしています。以前と生活はがらりと変わった。節制したり、全て失ってから今までの生活が凄く恵まれたと感じました。失った信頼を何で取り返せるかといったら、自分の行動だったり、今後プレーしていくにあたっての自分のパフォーマンスでバレーで恩返しするしか今のところないと思っています」 ――現在は社会人チームの蒲田レイヴンズに一時所属し、バレーボール教室も行った。 「裁判が終わり、ずっと家にこもってじっとしていれば世間からも騒がれることもないと思います。誰からも言われることはないのですが、やっぱり何も行動しなかったら何も始まらないですし、バレーボールを続けるにあたって自分自身が何か動こうと思ったのが最初のきっかけです。木下代表の方から直接連絡をいただき。存じ上げなかったのですが、自分の環境も困っていました。そういう面で声をかけてもらい、良い機会だと思いました。今回こういう教室やるにしても批判の声が出てくると思っていましたが、乗り越えるしかないかなと思いました」 ――SNSなどで批判も多い中で、なぜバレーボール教室を行ったのか。 「今回は木下代表から提案していただいた。逮捕された身で子どもに教えるのはどうなんだという意見は正論ですが、それでも少数ですけど親子で参加したり、たくさんのメッセージを頂いた。プレーしているところ見たい、というメッセージもあった。こういうイベントをして良かった。(批判は)気にしているわけではないが、一つ一つ気にしていたら成り立たない。批判に対しての援護する声や“人生やり直すチャンスがあると思うから客観的に見て批判的な声を上げるのは良くない”というコメントもあった。応援して下さる人のために自分がプレーできれば」 ≪新シーズン開幕会見の日に≫佐藤が逮捕されたのは新シーズンの開幕会見が行われる予定だった5月28日。代表活動中の自由時間だった27日夕方にチームメート数人と東京都板橋区のパチンコ店を訪れ、店に置き忘れたバッグの中から乾燥大麻が発見された。開幕会見や公開練習は中止となり、日本協会は28日付で佐藤の代表登録を抹消。佐藤は6月18日に保釈され、7月31日の東京地裁で拘禁刑1年、執行猶予3年の判決が言い渡された。 ◇佐藤 駿一郎(さとう・しゅんいちろう)2000年(平12)5月17日生まれ、仙台市出身の26歳。東北高、東海大卒業後の23年にVリーグ・ジェイテクト入団。24年からフィンランドのフリカーニ・ロイマーで1年プレー。昨季はSVリーグ・名古屋に所属。退団が決まっていた今年5月に逮捕され、契約解除となった。25年ネーションズリーグ、22、25年世界選手権に出場。2メートル5、95キロ。

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