「みんなで大家さん」伊勢に見た城郭ホテルの幻、2000億円“虚妄”の原点

パンフレットに掲げられた天守閣は、投資対象ではなかった──。出資金の大部分は三為(さんため、第三者の為にする契約)取引で流出。「1泊500万円」の超高級ホテル計画は実現しないまま立ち消えとなり、残る資金もヘリコプターや盆栽の購入費に消えた。成田開発の「事前準備プロジェクト」とうたわれたテーマパーク買収劇の顛末を、関係者の証言とデータをもとにたどった。 約2000億円の償還トラブルを巡って揺れる「みんなで大家さん」。9月1日、大阪府、東京都による不動産特定共同事業法(不特法)許可の取り消し処分を受け、その事業継続は極めて厳しい状況に追い込まれている。7月22日には、三重県伊勢市二見町のテーマパーク「ともいきの国 伊勢忍者キングダム」(以下、忍者村)が突如、翌日からの休業を発表した。 “成田借地問題”をはじめ、地元市議への10億円供与報道などを手がけてきた日経不動産マーケット情報は今回、一連の「大家さん」問題の原点ともいえる「伊勢」ファンドの調査を試みた。 事情に詳しい関係者たちへの聞き取り、登記簿やウェブサイトなどの公開情報に加え、裁判記録や監督官庁への提出文書、信用調査機関のデータなど多方面から分析。明らかになったのは、共生バンクグループによる、あまりにもずさんな運用体制だ。 ●重要事項説明書にも誤記 商品パンフレットや投資家募集サイトに繰り返し登場する「安土城天守閣」。総工費70億円が投じられ、重さ11kg、13万枚の金箔を使うなど贅(ぜい)を尽くした建物だ。 共生バンクの買収後は、1泊500万円の超高級ホテルに改装する計画が話題を呼んだこともある、忍者村の“顔”だが、実際にはファンドの投資対象に一切含まれていないことが今回、登記簿調査で判明した。所有者は、現地で施設運営を担う共生バンクのグループ会社「みんなで伊勢を良くし本気で日本と世界を変える人達が集まる株式会社」(三重県伊勢市)であり、一度も売買された形跡がない。 投資家の誤解を誘いかねない情報開示は、これだけにとどまらない。 例えば「大忍者劇場」と呼ばれる建物。伊勢6号では、投資家に交付する重要事項説明書の中で唯一、名称が明記されている主要な運用資産だが、そこに記載された家屋番号は別の建物を指していた。伊勢7号の商品パンフレットにも、大きな写真とともに「対象エリアに位置している大忍者劇場」として登場するが、実際にはいずれのファンドにも含まれない。 不特法第18条3項は広告について「著しく事実に相違する表示をし、又は著しく人を誤認させるような表示をしてはならない」と定めている。 資料の分析を進めると、「大家さん」商品を運用するグループ会社の都市綜研インベストファンドが毎年度、大阪府に提出している事業報告書でも、伊勢商品の間で対象不動産を取り違えていることがわかった。複数年度にわたる誤りは、共生バンクグループで連綿と続く内部統制の不備を端的に示している。 17年2月から同年末にかけて発売された3つの「伊勢」ファンドの募集総額は70億円。その後、同じ不動産を組み入れた後継ファンドが5本組成され、第1号からの調達額は合計190億円に達した。その資産ポートフォリオは極めて複雑だ。 資料の誤記や建物名称の変遷もあり、対象資産の分析は困難を極めたが、現地で入手したパンフレット、案内板の写真などの記録と公図を照合すると、各ファンドが所有する土地や建物の範囲により、大きく3つに分類できることがわかった(下の表、図)。 開園当初、観光施設財団として一体で登記されたテーマパークがどのような経緯で分割され、投資商品に仕立てられたのか。本来はファンド間の賃貸借関係などを明文化し、投資家に丁寧に説明すべきだろう。直近では、伊勢6号と伊勢7号で分配金停止と元本償還の遅延が発生。伊勢8号についても分配金が停止し、予定通りの償還は見通せない状況にある。 これらの登記には今年8月4日付で、伊勢市の差押が記録されている。 ●買収代金は分割払い 忍者村の前身となった「伊勢戦国時代村」の開業は1993年。ハイヤー運行大手の大新東(東京都府中市)が、日光江戸村、登別伊達時代村に続く、「時代村シリーズ」として総工費300億円を投じたテーマパークであった。初年度の来場者数は200万人を数えたが、4年目にはほぼ半減。幾度もの改称や、コメディアンの萩本欽一氏を迎えてのリニューアルを経ても客足の回復は一時的で、2014年には年間来場者数が8万人弱にまで落ち込んでいた。 16年、そんなテーマパークの買い手に名乗り出たのが共生バンクの栁瀨健一代表だ。旧オーナーにとっては渡りに船の提案だったが、栁瀨氏にとっても、切迫した危機を打開する乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負だったはずだ。 というのも、当時はグループ全体の財務状況が著しく悪化するなかで、翌17年度には過去最大規模となる、80億円超の元本償還を控えていた。大型ファンドの組成による資金調達を是が非でも成功させる必要があったのである。 すでに13年、傘下の都市綜研インベストファンドでは、資産の過大計上を当局に指摘され、60日の営業停止処分を受けていた。その後の決算訂正、債務超過への転落を経て数年間は、複数の投資家との訴訟も抱えるなど、綱渡りの経営が続いたのだ。 忍者村の代表に就任した16年10月時点では、当の栁瀨氏に数億円の買収資金を一括で支払う余力はなく、残金は分割払いとされたようだ。敷地の一部に残った抵当権登記は、同氏がその後2年あまり、旧経営陣への債務を抱えていたことを示している。 なお、日経不動産マーケット情報が入手した重要事項説明書と、登記簿上の売り主名の不一致は、いわゆる三為(さんため、第三者の為にする契約)取引の存在を強く示唆する。後に「シリーズ成田」で1500億円超をファンドから流出させることになるスキームだ(詳説記事:みんなで大家さん、1500億円中抜きのカラクリ解明 成田土地“原価表”で分析 2025年11月18日)。 栁瀨氏は17年発売の「伊勢」1号〜3号で70億円を集めると、買収資金との差額にあたる60億円強をグループ企業に移転。「ほかに色々回している」との関係者証言が示す通り、その大半を運転資金や「伊勢」以外のファンド償還に流用したとみられる。帳簿上の操作で劣後出資20%相当を上乗せし、不動産の簿価は合計87億5000万円まで積み増しされた。 ●在庫廃棄が常態化 ともあれ、栁瀨氏がこのテーマパークの再生に賭ける意気込みは本物だったようだ。舞台やイベント業界の経験を持つブレーンを現場に投入。従来の売りであった時代劇アトラクションに加えて、若者層を意識した企画を次々と打ち出していく。 俳優の松平健氏を招いた「マツケンサンバ」イベントや大物ユーチューバーのヒカル氏とのコラボ動画、安土城プロジェクションマッピングなどがその例だ。現地では「国主」の肩書を名乗った栁瀨氏自身も頻繁に訪れ、陣頭指揮を執った。 17年4月に発表されたプレスリリースでは、19年に年間来場客数100万人を達成するとの目標を掲げ、総額100億円の投資をうたった。実際の額はこれに及ばなかったものの、それでも約20億円と少なくない資金が一連のリニューアルに投じられている。団体観光客の送迎を見込んで複数の大型バスを購入。中国からの観光客誘致に強みを持つ大手旅行代理店との交渉も進められた。 折しも、17年当時の日本は訪日外国人旅行客(インバウンド)ブームのまっただ中。前年には、政府が外国人観光客の誘致目標を年間6000万人と定め、伊勢志摩サミットも開催されている。 サムライや和食といった日本的コンテンツへの投資は、当時の環境下では一定の戦略的合理性を持っていた。海外にもなじみ深いアイコンとして「忍者」を施設名に組み入れたのもその一環だ。 一方で、具体的な施設計画への落とし込みには、日本の伝統工芸に強い嗜好を持つ栁瀨氏の意向が色濃く反映された。本物をそろえれば客はやってくる、と信じる同氏。一連の状況から浮かんでくるのは、ワンマン経営者が来場者のニーズや費用対効果を深く検証せず、社外の“専門家”たちに振り回されて費消を続ける姿である。 結果として、現場に残されたのは廃棄商品の山であった。 そんな事例の一つが、革製品を主力とする自社ブランド「AMATELUZ」である。園内の専門店に並んだ5万〜20万円の財布、カバンの数々は当時、栁瀨氏と関係が深かった関西の皮革メーカーの手によるもので、総額は1億円以上。1脚300万円の総革張りの椅子なども仕入れたが、いずれもデッドストックとなり、やがてカビだらけになって放棄された。 また、既存建物の改装に1億数千万円を投じて完成した温浴施設「安土城下の湯」では、和風空間の演出のため、内風呂がある浴室まで畳敷きにした。畳は「防菌防カビの特殊素材」という触れ込みだったが、結局は25年7月の閉館まで、カビと傷みに悩まされ続けた。新たに開設した「美食専門店街」では、松阪牛や国産鰻といった高級食材が来場者の中核を占めるファミリー層にマッチせず、在庫の廃棄が常態化した。 22年には、英国での受賞歴もある、著名な日本人デザイナーを招いて製作した庭園が開園した。江戸情緒をモチーフにした植栽のほか、1鉢3000万円の盆栽を含む庭園整備費用は少なく見積もっても1億数千万円。デザイナーが外部で実施するプロジェクトへの支援なども含めると、支払総額は3億〜5億円に達したといわれる。園内では彼の寄せ植えが15万円といった価格で来場者に販売されたが、手入れが行き届かず荒れ果てるばかりであった。 園内や近隣の農場では、岡山の発明家の主張に基づき、「皮まで食べられる」というバナナを生産し、1本877円で販売した。スムージーやバナナカレーとしても提供したり、園内の温浴施設で「バナナ葉湯」としたが、やがて栽培は困難となり、農場は放棄された。こうした伊勢一帯でのバナナ事業には数億円が投じられた。 ●成田への実験台に 栁瀨氏は、著書「ミラクルマネー」(2020年)のなかで、忍者村再生の意図について次のように綴っている。 「こだわりのグルメ店の数々の開発、温泉施設、演劇のバージョンアップ…(中略)そのすべては、共生日本ゲートウェイ成田プロジェクトを成功裏に導くための、事前の商品・サービスの開発と実践でした」。 インバウンド需要による経済再生をテーマとする同書は、日本の伝統工芸産業のショーケースとして、成田に全国の職人を集める構想を描く。そのモデルとされたのが忍者村の刀剣関連施設で、銘刀を1本300万〜900万円超で展示販売し、本物の職人による刀鍛冶も実演していた。事情通によると、これら収蔵品の購入費として3億円が投入されたという。 本稿の冒頭で紹介した城郭ホテルは、そうした栁瀨氏の理念の集大成ともいえる存在である。 海外の超富裕層を念頭に、園内の時代劇役者を従者に見立てた大名行列や、贅を尽くした会席料理で「お殿様気分」を体験させるという企画であった。送迎にはヘリコプターやロールス・ロイスを使用。当時、ワイドショーに電話出演した栁瀨氏自身の説明によると、安土城内の客室数は5〜7で、1泊500万円、城ごと貸し切ると3000万円だった。 一時期は周辺で投資案件となるホテルを物色したり、志摩や白浜で別荘事業を展開する会社を買収したりして、一帯での事業拡大に意欲をみせていた栁瀨氏。だが、一向に上向かない来場者数を前に、伊勢への関心は急速に薄れていった。 日経不動産マーケット情報の試算によると、比較的順調な時期でも入園料収入は3億円台どまりで、人件費や宣伝経費を考慮すると、賃料支払い前でも赤字状態。投資家への分配金は最大で年間4億9000万円に達したが、その原資はなかったとみられる。 「織田信長のビジョンとスピリットを継承」するとして栁瀨氏が執心した城郭ホテルも結局、資金難から日の目を見なかった。 刑事訴訟記録には、20年6月、近隣の南伊勢町を訪れていた栁瀨氏が、買収したヘリコプター会社の社長(後日逮捕、実刑)から機体の転売話を持ちかけられて投資を即断。2億5000万円の詐欺に遭う経緯が詳録されている。言うまでもなく、これらすべては投資家の出資金が元手であった。 8月18日に開かれた大阪府の聴聞会で、栁瀨氏は45ページに上る陳述書を提出し、不特法許可の取り消し処分の不当性を訴えた。あくまで事業継続への意思を示す氏にはどんな秘策があるのだろうか。 共生バンクの広報担当者は、行政への対応や事務所移転で多忙なことを理由に、日経不動産マーケット情報への回答を控えた。 [日経不動産マーケット情報 2026年9月25日掲載]情報は掲載時点のものです。

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