パレスチナ・ガザ地区でのイスラエルとイスラム組織ハマスの停戦合意に基づき、ハマスは8日午前、人質にしていた男性3人を新たに解放した。これを受けてイスラエルはこの日、収監しているパレスチナ人183人を釈放した。停戦合意が1月19日に発行して以来、ハマスが人質を解放するのはこれで5回目。 ハマスは1日午前、ガザ地区中部デイル・アル・バラで赤十字国際委員会と合意文書を交わした後、エリ・シャラビさん(52)、オハド・ベン・アミさん(56)、オル・レヴィさん(34)の3人を赤十字に引き渡した。赤十字は3人をイスラエル軍に渡し、3人はイスラエル国内に戻った。 3人の家族やイスラエル政府関係者、取材していたBBC記者らは、3人が非常にやせ細っている様子に気づいた。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は3人を確認した上で、「今日のショッキングな光景を受け流したりはしない」とコメントした。 イスラエル国防軍(IDF)は、3人がイスラエル領内に入ったことを確認。「イスラエル南部の受け入れ拠点を経由して、家族と再会する」とIDFは説明した。 シャラビさんとベン・アミさんは2023年10月7日、ハマスによってイスラエル南部のキブツ(農業共同体)ベエリから拉致された。 レヴィさんは、ガザ地区に近いイスラエル側の砂漠で開かれていたノヴァ音楽フェスティバルで拘束された。イスラエル軍によると、レヴィさんと一緒にいた妻エイナヴさんは後に、二人で隠れていたシェルターで遺体で発見された。 ■やせ細って ガザ中部デイル・アル・バラで解放された3人は茶色いシャツやズボンを身に着け、ハマス戦闘員たちによって檀上にあげられた。 人質1人につきハマス戦闘員が2人つき、それぞれの腕をとって壇上へ誘導した。3人は、解放の証明書と思われるものを手にしていた。 イスラエル団体「人質家族フォーラム」は声明で、解放された3人の様子は「懸念される」もので、残る人質を家族のもとへ帰すのに時間的余裕がないことがあらためて証明されたと述べた。 オル・レヴィさんの兄タルさんは地元メディアに対して、オルさんが「とても、とてもやせているように見えて、実際、彼のその様子を見るのはとてもつらい」とした上で、「それでも彼は帰ってくるし、回復する」と話した。 解放されたオハド・ベン・アミさんの娘エラさんは、イスラエル紙タイムズ・オブ・イスラエルに対して、「あれが父親だと、一瞬気づかなかった。父さんだと、ほとんどわからなかった」と話した。 「それはすぐに過去のことになるはず。ただ抱きしめたい」とエラさんは続け、「(父は)自分の両足で立って戻ってきた。生きて戻ってきた。手を振った。強い。生き延びたんだから!」とも喜んだ。 解放されたシャラビさんの義父ピーター・ブリスリーさんは、英ウェールズで解放の様子を見守り「みんな感極まっている」とBBCのルーシー・マニング記者に話した。 「彼が解放されるのを見るのは素晴らしいが、あんなにやせ細ってしまっているのを目にするとは思ってもいなかった。まるで強制収容所から出てきたばかりのようだ」と、ブリスリーさんは話した。 シャラビさんの妻でブリスリーさんの娘リアンさんと、ブリスりーさんの孫娘にあたるノイヤさんとヤヘルさんは、ハマスの襲撃によって自宅で殺害された。 「自分の妻と娘たちを失ったと、(エリ・シャラビさんが)知っているのか、私たちはまだ知らない。家族が殺されるのを彼が目撃したのか、それともその前に外に連行されたのか、私たちはまだ知らないので(中略)もし家族が殺されるのを彼が見ていたとしたら、この15カ月、16カ月、彼はそれを抱えて生きなくてはならなかったんだ」とも、ブリスリーさんは話した。 イスラエルの最大野党イェシュ・アティドのヤイル・ラピド党首はソーシャルメディア「X」で、この日の人質解放の様子は「見ていてつらい」ものだったとヘブライ語で書いた。 「人質の移送の様子はつらい光景で、非常に心が痛んだ。人質の帰還を続けることがいかに差し迫って重要かを、あらためて強調するものだった。もう時間がない。時間はどんどんなくなっている。全員を家に戻らせなくてはならない。オハド、エリ、オル、みなさんが家に戻ろうとしているのは、なんてすばらしいんだ」と、ラピド氏は書いた。 ラピド氏は続けて英語で、「ガザでの恐ろしい光景は、ハマスがいかに純粋に邪悪かを思い出させるものだった。連中は人質を拷問し、飢えさせ、虐待した。世界は沈黙を続けるわけにいかない」と書き、国連のアントニオ・グテーレス事務総長や赤十字国際委員会、「全てのいわゆる人権団体」から明確な非難を求めた。 ■釈放後に治療が必要と赤新月社 ハマスによる人質3人の解放を受けて、イスラエルは停戦合意に基づき、国内の刑務所からこの日は新たに183人のパレスチナ人収監者を釈放した。 イスラエル刑務所当局は8日午後、183人の釈放を完了したと発表。オフェル刑務所から釈放された収監者たちは、東エルサレムのユデアとサマリア地区へ、クツジオト刑務所から釈放された人たちはガザ地区南部に近いイスラエル南部ケレム・シャロームへ移動させるという。 パレスチナ人の第一陣は赤十字のバスで、ヨルダン川西岸地区ラマラに到着し、待ち受けていた家族や支援者に囲まれて歓迎された。 ハマス運営の収監者メディア事務所によると、この日に釈放される183人のうち、18人は終身刑、54人は長期刑で服役していた。111人は2023年10月7日以降、ガザ地区で拘束されたという。 「この日の釈放は、すべての収監者を自由にするため今も続く闘争において、新しい一里塚だ」と同事務所は述べた。 1月19日に発効した停戦合意で、先週までに少なくとも収監者383人がイスラエルの刑務所から釈放されていた。 パレスチナ赤新月社は、8日にラマラに到着したパレスチナ人のうち7人を病院に搬送したと発表した。 パレスチナ赤新月社のアブドラ・アル・ザガリ代表はAFP通信に、「きょう釈放された収監者全員は、この数カ月というもの残酷な暴行にさらされてきたため、治療と手当と検査を必要としている。そのうち7人を病院に運んだ」と話した。 イスラエルとハマスが合意した停戦の第一段階では、ハマスが人質33人を解放するのと引き換えに、イスラエルがパレスチナ人収監者1900人を釈放する取り決めになっている。 1月19日以降、ハマスはガザで人質にしていた16人を解放。また停戦合意とは別の取り決めで、タイ人5人も解放された。 イスラエル政府は、ハマスが2023年10月に拘束した251人のうち、73人の安否が不明だとしている。イスラエルはこの73人のうち存命なのは39人のみだとみている。 2023年10月以来、ハマスは人質計138人を解放した。そのうち84人はイスラエル人で、24人は外国人。 1月の停戦合意に基づき、イスラエルはこれまでにパレスチナ人を500人以上釈放した。女性や子供も含まれ、1月末には15歳が釈放された。 釈放された中には、比較的軽い罪が問われていた人もいれば、有罪判決や正式な起訴の対象になっていない人もいる。 他方、殺人を含む重罪で有罪となった受刑者21人について、イスラエルはパレスチナ自治区への帰還を認めず、エジプトなど隣国へ追放した。 1月上旬には、2003年に第2次インティファーダ(蜂起)に参加して逮捕され収監されていた47歳のフセイン・ナサル氏が釈放され、初めて娘に抱きしめられた。娘はナサル氏が刑務所にいる間に生まれた。 ■3段階の合意 合意の第1段階は6週間にわたり、ハマスがガザで拘束しているイスラエル人の人質33人の解放と引き換えに、イスラエルは刑務所に収監しているパレスチナ人数百人を釈放する。 イスラエルはこの間、ガザの「すべての」人口密集地域から撤退し、ガザで避難を余儀なくされたパレスチナ人は帰還を開始。援助物資を運ぶトラック数百台が毎日、ガザに入っている。 第2段階に向けた交渉は、2月4日に始まった。第2段階では、残るイスラエル人人質の解放、イスラエル軍の全面撤退、および「持続可能な平穏の回復」を実現する。 最終段階の第3段階では、数年を要する可能性があるガザの復興と、残された人質の遺体の返還を実現する。 (英語記事 Palestinian prisoners released by Israel after Hamas frees hostages / Who are Israeli hostages released and rescued from Gaza?