英イングランド・チェルムスフォード(CNN) 緑豊かなロンドン郊外に位置する小さな町、エッピングで、地元の男性たちに「マスクを着けて」、「怒り」をぶつけるよう求める声がソーシャルメディアで燃え上がった。町ではかねて、「ベル・ホテル」に絡むトラブルが多発していた。同ホテルをはじめ、英国には亡命申請者の滞在施設として使用されるホテルが数十カ所存在する。ベル・ホテルでは、滞在中のエチオピア人1人が女性1人と14歳の女学生1人に性的暴行を加えたとして逮捕されていた。エッピングの住民はこの事件に激怒。オンラインで組織された7月17日の抗議活動はすぐに暴徒化し、参加者の一部が瓶や拳で警察官を殴る事態に発展した。その後、男4人が暴力的不法行為の罪を認めた。他にも裁判を待つ被告が複数いる。 この抗議活動は、昨年の夏に英国を揺るがした人種差別的な暴動を想起させた。当時数人が亡命申請者の滞在するホテルを狙い、内部に人々がいる状態で火を放っていた。エッピング出身の3児の母、オーラ・ミニヘインさんにとって、その日の事案は「宣伝という意味での大失敗」に他ならなかった。抗議活動の主体が「人種差別主義者のごろつき」ではなく「恐怖を抱く地域共同体」なのだということを示したいと思ったミニヘインさんは、メッセージアプリ「ワッツアップ」で新たな戦略を呼び掛けた。次の抗議活動では男性を自宅に残し、女性を「中心に据える」方がいいというのがその内容だ。女性たちにはピンク色の衣服を身に着けることを求めた。見た目の統一は見事に奏功し、「至る所に広まった。あらゆるニュースが取り上げた」。ミニヘインさんはCNNの取材にそう語った。 これが草の根の運動「ピンク・レディース」の始まりだ。メンバーは全国でデモ活動を行い、メンバーらが言うところの不法移民が女性や少女にもたらす危険について警鐘を鳴らす。明確な党派に属しているわけではないが、ミニヘインさんによれば、メンバーのほぼ全員がポピュリスト政党の「リフォームUK」に投票する意向だという。同党は不法移民の問題を巡って選挙運動を展開。大規模な強制送還を公約に掲げる。ここ数カ月の世論調査では、与党・労働党を上回る支持率を獲得している。 ミニヘインさんが推計する英国国内のピンク・レディースのメンバーは数千人に過ぎないかもしれないが、活動は広がっている。そこには従来強硬な右派の提唱していた問題が、現在では英国民のより広範な層からの支持を集めつつある状況が見て取れる。これまで右派的な主張を唱えるのは、主として男性の領分だった。 これらの新たな参加者は、すっきりとしない空模様の11月のある土曜日に大規模集会を開催した。場所はエッピングから車で少し走った距離にある小都市、チェルムスフォードだ。ピンク・レディースのメッセージは、英国は「攻撃を受けている」、「侵略されている」といった暗い内容だが、メンバーは楽しげで、服装も明るい。雨が降り出すと、約200人の女性たちはピンクのポンチョを着て市庁舎の前に集まった。頭にはピンクのベレー帽。ピンクのレギンスを履いて、ピンクの旗を振った。飼い犬にもピンクのコートを着せ、ピンクの発煙筒を焚(た)いた。 ミニヘインさんによれば、典型的な「ピンク・レディー」は白人で中年の母親を指す。ミニヘインさんが2016年にブレグジット(英国の欧州連合離脱)への賛成票を投じたのは、恐らく「不法移民を止める」のが目的だったが、現状は「一段と悪くなっている」と感じる。労働党も保守党も事態を制御できていないと、ミニヘインさんは指摘した。X(旧ツイッター)や新興の右派メディア、GBニュースの報道で女性への移民による襲撃を耳にすると、我が子の身の安全が心配になる。リフォームUKを見て、自身の懸念を真剣に受け止めてくれる政党がようやく現れた思いがすると、ミニヘインさんは言い添えた。 「誰でも参加し、声を上げられる運動を作ろうとしてきた」と、ミニヘインさん。本人によると、ピンク・レディースの活動拡大はマルチ商法の仕組みに似たところがある。部分的にはフェイスブックやワッツアップを利用しているものの、そのほとんどは口コミを通じて広がった。 新たなメンバーについては、そうした個人的なアプローチで引き入れているとミニヘインさんは示唆。頭にあるのは「国王と国のために貢献している。私はマスクを着けないし、攻撃的でもない。それに自分が人種差別主義者であるわけがない。これだけの素晴らしい女性たちと一緒にいるのだから」という思いだ。ピンク・レディースが極右の論点をなぞっているとする見解についてCNNに問われると、ミニヘインさんはこう答えた。「どういう理屈で私が過激主義者になるのか? 私はただの母親。ずっと働きづめで3人の子どもを育て、郊外に暮らす母親だ」 チェルムスフォードのデモで掲げられた複数のプラカードにも、そうした感情は表れている。それらは「私は人種差別主義者ではない。不安を抱えた母親だ」と書かれていた。ピンク・レディースのメッセージの重要な部分は、両者は互いに矛盾する概念だということだ。 しかし複数の支援団体は、この見解に納得していない。「極右は長年、女性と少女への暴力に終止符を打つという大義名分を利用して人種差別や白人至上主義的な政策を進めてきた」と、フェミニストの組織や専門家の連合体、エンド・バイオレンス・アゲインスト・ウィメンの責任者、アンドレア・サイモン氏は述べた。