虐待、殺人、霊的戦い──“日常が壊れる瞬間”を描く実録作品が増えている 米

連続殺人犯の事件から、道を踏み外したYouTuberまで――今年、強く印象に残ったトゥルークライムのドキュメンタリー映画&シリーズを厳選した。 信じがたいことだが、『Making a Murderer』が現代のトゥルークライム・ブームに火をつけてから、もう10年が経つ。いまや配信プラットフォームは、私たちの存在を脅かす恐ろしい現実に踏み込むシリーズや映画で溢れている――ストーカー、カルト、連続殺人犯、そして「信じていた相手」によって奪われた命。その多くは明らかに流行に便乗し、国中を騒がせた扇情的な事件の“おいしさ”から利益を得ようとしているにすぎない。けれど、ごく一部には、一歩引いた視点で、事件に関わった人々だけでなく、デジタル時代を生きる私たち自身の姿まで映し出す作品がある。 ここでは、ショックの強さだけに頼らず、犯罪の中心にいる「実在の人々」を丁寧に描き切った、今年のドキュメンタリー映画&シリーズ9本を(公開順に)紹介する。 『The Fall of Diddy』 ショーン・コムズは30年以上にわたり音楽業界の中枢に君臨してきた。アップタウン・レコードでのキャリアを起点にバッド・ボーイ・レコードを立ち上げ、さらにファッション、アルコール、リアリティ番組へと帝国を拡大。Aリストの頂点に“居座り続けてきた”人物だ。 しかし2023年に性的虐待の疑惑が浮上して以降、その王国は崩壊していった。かつてはハンプトンズの豪邸で毎年開催され、セレブたちが白一色の装いでシャンパンを飲み交わす豪華な「ホワイト・パーティ」で知られていたが、いま彼を象徴する言葉として広まったのは、従業員や恋人、セックスワーカーを巻き込んだ“フリークオフ”――大量のベビーオイルも登場する、歯止めのきかない乱痴騒ぎだった。 Rolling Stone Filmsとの共同制作である本作は、コムズの生い立ちから転落までを追い、運営に関わった人物、被害を受けたとされる人々、そして最初から最後までこの問題を取材してきたジャーナリストへのインタビューを通して、その全体像に迫る。 『American Murder: Gabby Petito』(邦題:アメリカン・マーダー: ギャビー・ペティート殺人事件) 2021年の夏、22歳のギャビー・ペティートは婚約者のブライアン・ラウンドリーとともに、改造バンに荷物を詰め込み、フロリダから国立公園を巡る旅に出た。いわゆる“バンライフ”のインフルエンサーたちに刺激を受け、ロード生活のリアルを体験してみたかったのだ。 だが9月初旬、母親が数日間連絡を取れないことを不審に思い、行方不明者届を提出。そこから始まった一件は全米を釘付けにする事件へ発展する。ラウンドリーが支配的で暴力的なパートナーだった可能性が浮かび上がり、(母と父がそれぞれ再婚していたため)両親4人は協力して会見を繰り返し、情報提供を呼びかけた。9月19日、ペティートの遺体が発見される。さらに1カ月後、ラウンドリーの遺体も見つかり、死因は自殺とみられた。 Netflixの『American Murder: Gabby Petito』は事件の全体を追いつつ、ペティートを「行方不明ポスターの少女」以上の存在として立ち上げることに成功している。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加