加藤登紀子「学生殴る機動隊に聞いてほしかった」 69年レコ大歌唱賞「ひとり寝の子守歌」秘話

歌手加藤登紀子(82)が2月15日に東京・文京区の東大大講堂(安田講堂)で開催する「東京大学150周年記念チャリティコンサート『安田講堂で奏でるイマジンコンサート』」の取材会を都内で行った。東大が主催する音楽公演は初めて。加藤は対談とライブを行う。 東大在学中に歌手デビューした加藤。68年の卒業式は「東大紛争」で学生が安田講堂前で座り込みをするなどしてボイコットした。加藤も座り込みに参加。同志社大の学生で、学生運動の闘士だった藤本敏夫氏とそこで出会い、後に結婚する。「ボイコットのおかげで藤本と出会った。自分の運命を決めた日です」。 1969年(昭44)1月18日と19日。安田講堂を占拠していた学生らに警視庁の機動隊員らが突入。警察発表では600人以上を摘発して「東大安田講堂事件」が終結した。 「学生が命をかけて頑張ったのが68、69年の安保闘争でした。安田講堂が落城し、多くの学生が逮捕された時に岸本は拘置所にいた。69年6月まで(勾留されていた)。(東大安田講堂事件に)夫は関わってはいない。講堂の中にはいなかったけど、悲しいできごとだった。いろいろな意味で、私たちの思いが砕かれていった。砕かれた思いが強かったから今でもキチンと思い出すことができにくい。6月16日に藤本は拘置所を出たが、学生運動は修復不可能と絶望して離脱した。だから69年はつらい年として思い出します」と声を振り絞った。 加藤が歌手を志した理由にも学生運動が影響を与えている。政治的に分断をして戦うことが正解なのか疑問を感じていたという。「学生にとって、機動隊も大学も本当は敵ではないはず。もっともっと複雑な、伝えにくいことをきちんと伝える表現者になりたくて歌手になったんです」。藤本氏にも伝えた。「政治的なことの限界を痛烈に経験したから歌手をやっているの」。 悲しい分断の風。それを感じた加藤が69年9月に発表したのが「ひとり寝の子守歌」だ。「政治的なことで分断をされたくないのが人間の本質。学生を殴っている機動隊の人にも聞いて欲しい。そういう思いで作ったんです」。そして「東大150年。新しいスタートをきるなら、事件を負の歴史としてとらえるのではなく、理解をする学生が続いて欲しい。平和を願う安田講堂のコンサートは大変意味のある公演になる気がする」。2月15日に開催する公演の意味を訴えた。

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