「正義廻廊」から始める香港映画界の考察――香港の観客は香港映画を見捨ててはいない【アジア映画コラム】

「香港映画はもう終わった」 この十数年、そんな言葉を耳にする機会は確実に増えました。確かに、かつての黄金期を思えば、産業の規模もスターシステムも大きく変わっています。しかし同時に、旧来の題材やお馴染みの顔ぶれだけでは、いまの観客を動かしにくくなっているのも事実です。観客の目は年々肥えており、従来と同じ作りではもはや満足されなくなっています。 そんな状況のなかで、2022年、香港映画界にとって少し意外とも言える出来事が起きました。R18指定、上映時間は2時間を超え、題材は猟奇的な実在殺人事件。しかもジャンルは重たい法廷劇――娯楽性とは距離のある作品であるにもかかわらず、香港で約4160万香港ドル(約8億2000万円)というヒットを記録した映画がありました。 それが「正義廻廊」です(日本公開中/日本ではR15+指定)。 もっとも、この映画の意義は単なる興行成績にとどまりません。むしろ「正義廻廊」は、この十数年揺れ続けてきた香港映画の現在地と、これからの方向を考えるための重要な出発点となった作品だと感じています。 ●既知の事件を、どう語り直すのか 物語の土台は、2013年に香港社会を震撼させた実在事件――いわゆる「大角咀(タイコックチョイ)両親バラバラ殺害事件」です。その残虐性と倫理的衝撃の大きさから、当時大きな議論を呼んだ事件でした。 実在の事件を映画化すること自体は珍しくありません。しかし問題は、すでに結末まで世間に知られている物語を、どのように語り直すかにあります。観客はすでに犯人も結末も知っています。それでもなお映画として成立させるには、単なる再現ではなく、事件を“別の角度から見直す視線”が必要になります。 「正義廻廊」は、その難題に対して大胆な方法を選びました。一般的な犯罪映画は、謎から始まり、犯人逮捕で終わります。しかしこの映画は、冒頭から犯人と犯行の経緯を提示してしまいます。答えを最初にテーブルの上へ置くのです。 すると観客の関心は自然と別の方向へ向かいます――この映画は、この先で何を語ろうとしているのか。物語はやがて法廷へと舞台を移し、そこから本格的な“語りの綱引き”が始まります。 この映画において法廷は、しばしば舞台のように機能します。語り手が変わるたび、同じ出来事がまったく違う表情を見せるからです。ある語りは共感を誘い、別の語りは断罪を促します。多面体のプリズムのように、光の当たり方によって現実の輪郭は変わっていきます。 それらはすべて「語り手の真実」ではありますが、観客が目にするのは、その断片の集合にすぎません。破片を拾い集め、ひとつの像を組み立てる作業が、いつの間にか観客自身に委ねられていきます。 その意味で、陪審員の存在は観客の縮図でもあります。異なる立場から事件を再観察する彼らの姿は、鑑賞している私たちと重なっていきます。結末の知られた事件でさえ、語り方しだいで別の物語になり得ます。 そして映画が静かに突きつけるのは、ひとつの不穏な問いです。 ――制度は、本当に公平たり得るのでしょうか。 ●小さな映画が生んだ大きな反響 監督のホー・チョクティンは「正義廻廊」について、過去の事件を扱いながらも、「この時代に応答するもの」「歴史の記録」とも言える映画だと述べています。 1987年生まれの彼にとって、「正義廻廊」は初の長編監督作でした。興行的成功について本人は「本当に予想していなかった」と率直に語っています。近年の香港では法廷映画が大ヒットする例は多くなく、本作は2時間超で三級指定(日本のR18相当)、スター依存の作品でもありません。そうした条件を考えれば、決して“ヒットが約束された映画”ではありませんでした。 それでもホー・チョクティンは、リアリティを徹底的に追求しました。準備段階でスタッフとともに香港の裁判所に通い、実際の審理を長期間傍聴したといいます。法廷ドラマとしての緊張感と現実社会の手触り、その両方のバランスを探り続けた結果として、この「小さな映画」は大きな反響を呼ぶことになりました。 ●合作時代の終わりと、新世代の登場 「正義廻廊」の登場は、香港映画の構造変化とも無関係ではありません。1990年代半ば以降、香港映画産業は縮小していきました。一方、中国本土の映画市場は急速に成長し、香港映画にとって、中国市場が重要な活路となり、中港合作映画という産業モデルが確立されます。多くの香港映画人が中国へ活動の場を広げ、中国資本のもとでアクションや警察映画などが数多く製作されました。 当時の香港映画にとって、それは重要な生存戦略でした。しかし同時に、中国市場に合わせた題材や審査制度が、香港映画の個性を薄めていく側面もありました。 さらにコロナ禍の3年間は業界構造を大きく変えました。ホー・チョクティンが語る「僕たちは中港合作の枠組みの中では、すでに淘汰された存在」という言葉は、その変化を象徴しているように思えます。 しかしこの状況は、若い映画作家たちを香港へ引き戻すことにもなりました。近年登場した新世代の監督たちは、香港演芸学院などで学んだ学院派が多く、社会を観察する作家的視点を強く持っています。過去十年の香港社会の変化は、自然と彼らの映画にも刻まれていきました。 日本でも公開された「私のプリンス・エドワード」「星くずの片隅で」「白日青春 生きてこそ」「消えゆく燈火」「年少日記」などといった作品も次々に登場し、都市の片隅で生きる普通の人々を丁寧に描き出しています。こうした流れの背景には、新人監督を支援する「首部劇情電影計劃(First Feature Film Initiative)」の存在もあります。 ●香港映画はどこへ向かうのか 一方で、従来型の香港映画もまた新しい進化を見せています。「6人の食卓」「毒舌弁護人 正義への戦い」のヒットや、「トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦」の全世界席巻、そして「旅立ちのラストダンス」が香港映画史上の興行記録を更新したことなど、香港映画は続々と明るいニュースを生み出しています。 これらが示しているのは、シンプルな事実です。香港の観客は香港映画を見捨ててはいません。現実に触れ、作家性を持ち、なおかつ娯楽性を備えた作品であれば、観客は再び劇場へ足を運びます。 もっとも、課題は依然として残っています。香港国内でヒットしても、新人監督の作品の多くは香港市場にとどまり、台湾、日本、東南アジアでは限定的な反応にとどまるケースも少なくありません。香港映画が産業として持続するためには、まだ多くの模索が必要です。 それでも、香港映画の未来は必ずしも過去の工業モデルを再現することではないのかもしれません。むしろ重要なのは、ローカルな経験と国際的な表現のあいだに新しいバランスを見つけることです。 そう考えるなら、「正義廻廊」の意味はよりはっきりしてきます。この映画は、焼け跡の瓦礫の中から差し込む一筋の光のような存在です。香港映画は消えたのではありません。ただ、新しい姿を模索しているだけなのです。 (筆者:徐昊辰) (C)2022 Word By Word Limited / Mei Ah Film Production Company Limited / the Government of the Hong Kong Special Administrative Region. All Rights Reserved.

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加