オンライン詐欺は「産業」になった…GDPの半分を占める闇経済と国家への浸透

身近でありながら、ほとんど実態が知られることのない脅威=オンライン詐欺が東南アジアから世界に拡大している。地政学的な変化をもたらしていると言っても過言ではない。【一田和樹】 【ターゲット国のGDPの半分はオンライン詐欺、強制労働者は数十万人】 「オンライン詐欺で大げさだな」と感じる人は多いと思う。しかし、オンライン詐欺産業の規模が10兆円を超え、世界各国から求人広告や人身売買で集められた数十万人が強制労働させられていると聞けば、深刻さが少し分かってもらえるだろう。 なにしろ今年初頭に摘発された大手のひとつ、プリンス・グループからFBIが押収したビットコインは日本円にしておよそ2兆円。FBI史上最大の押収金額となったというくらいの規模なのである(しかもプリンス・グループの資産のごく一部にすぎない)。摘発後、強制労働施設から人が逃げ出し、それぞれの国の大使館に保護を求めて殺到した。 実は日本人も連れていかれて強制労働施設で働かされていたことがあり、日本でもニュースになっていた。 報道されていたとはいえ、そんなに話題にはならなかったので、ご存じない方がほとんどだと思う。そもそもオンライン詐欺が話題になることはあっても、国際的なオンライン詐欺グループについて報道されることはほとんどない。世界的にもこの脅威の実態に関する情報は極めて限られており、報道されるのはごく一部の顕在化した事件のみなのだ。 知らない間にオンライン詐欺産業はその規模を急激に拡大し、多くの拠点があるミャンマー、カンボジア、ラオスでは、それぞれの国のGDPのほぼ半分の収入規模に達している。主たる収入源はオンライン詐欺だが、それ以外にオンラインカジノ、リアルカジノ、ホテル、不動産、銀行など多様な事業を展開し、国際的なマネーロンダリングのネットワークも存在する。 さらにミャンマー、カンボジア、ラオスの国家中枢に食い込み、政府の顧問あるいは外交特使として活動するなど、影響力を高めている。さらに、アフリカ、南アメリカなどに拠点は広がり、世界を覆うネットワークに進化しつつある。 現在の主要なターゲットはアメリカ人、次に欧州人である。2026年3月5日に米中経済・安全保障再検討委員会から公表された報告書「Protecting Americans from China-Linked Scam Centers: An Update on Emerging Trends」によると、2024年のアメリカ人の被害総額は推定100億ドル(約1.5兆円)の規模となっている。 直近数年間でオンライン詐欺グループは、フェンタニル市場を含む国際麻薬取引市場に匹敵する規模と洗練度で巨大な犯罪産業に成長した。 2024年の米国平和研究所(USIP)のレポートの推定によると、ミャンマー、カンボジア、ラオスを中心としたオンライン詐欺は2023年に世界で639億ドル(約10兆円)の収益を生み出した。 東南アジアにおけるオンライン詐欺産業の爆発的な成長は、大規模な人身売買事業の拡大につながり、2023年8月、国連人権高等弁務官事務所は、カンボジアとミャンマーだけで70カ国以上から22万人以上が施設に集められてオンライン詐欺の強制労働に従事させられていると報告した。労働の報酬が支払われることはほとんどない。 最も大きな収入があるのはミャンマーで、次いでカンボジアとなっている。 急成長するカンボジアは2025年には次世代の国際詐欺の中心地となる可能性が高いと言われている。カンボジアのオンライン詐欺の売上は、公式推計では年間125億ドル(約2兆円)から190億ドル(約3兆円)とされており、同国のGDPのおよそ60%に相当し、カンボジア最大の産業である衣料品繊維産業を上回っている。 現実味のない話に感じた方も少なくないと思う。まるでカイジというマンガに登場する帝愛グループだ。帝愛グループと違うのは、現実に存在する点だ。 【政府の中枢に食い込み、影響力を拡大】 オンライン詐欺グループが拠点としている国のGDPには、現地の支配層が有する事業が含まれており、それらの事業を使ってオンライン詐欺グループの売上をロンダリングしたり、便宜を図ってもらうために売上の一部を提供したりしている。 たとえば、ミャンマーではオンライン詐欺の収益がミャンマー軍と支配層に流れていると報じられている。同様にカンボジアとラオスの支配層にも多額の資金が流れているとされている。 これらの国々では汚職が蔓延し、犯罪集団は政府による保護を受けやすくなっている。たとえばカンボジアの国家機関は、国際詐欺および関連する人身売買に関与する犯罪ネットワークを組織的に支援、保護しているとまで言われている。 【中国の影響力】 オンライン詐欺グループのほとんどは中国系であり、中国共産党上層部とのつながりが指摘されている。オンライン詐欺グループは中国の一帯一路構想を支持し、海外で親中国プロパガンダを展開することで、中国政府とのつながり(直接的・間接的に)を築いてきた。 その結果、中国のオンライン詐欺グループは、中国政府の一部の暗黙の支援を受けながら、東南アジア全域に拡大してきたと言われている。 一方、中国政府はオンライン詐欺の拡大を利用して東南アジア諸国に対する影響力を高め、諜報活動や影響力行使を行い、同地域における安全保障上の囲い込みを進めようとしている。 たとえば、東南アジアにおける中国系国際犯罪組織の問題を口実に、同地域における中国の治安部隊の役割を拡大している。カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナムなどとオンライン詐欺取り締まりのための共同作戦を行うことで合意しているほか、カンボジアとラオスとは国際犯罪での協力を行うことで合意している。 より広範な試みとして、2022年に発足した中国グローバル安全保障イニシアチブ(GSI)を通じた海外における治安活動の拡大も狙っており、拡大するオンライン詐欺への対処は格好の口実となっている。 2023年初頭、中国警察は海外での犯罪活動への取り締まりに非常に積極的になり、高官に対し、違法賭博、人身売買、詐欺、不正行為に関して東南アジア各国の政府とより直接的に連携するよう呼びかけている。 オンライン詐欺グループのターゲットがアメリカ人になったのも中国政府の意図と言われている。ほとんどのグループは中国系なので、当初は中国人をターゲットにしていた。 しかし、中国当局が中国人への詐欺行為の規制を強化したことから、グループはターゲットをアメリカ人に変更した。この中国の規制は選択的規制と呼ばれており、犯罪グループのターゲットをコントロールする方法のひとつになっている。 【世界に広がる拠点】 現在の中心はメコン川流域だが、アフリカ、中東、南アジア、バヌアツなど太平洋諸島など拠点は世界に広がっている。さらに、欧州の犯罪組織との提携も行い、国際的なネットワークを構築している。 世界各地での摘発がネットワークの拡大を示している。2023年後半にはナミビアで中国人、キューバ人、ナミビア人、シンガポール人のグループが逮捕された。 2024年初頭からアフリカ各地の法執行機関がオンライン詐欺グループを摘発した報告が出始めた。 2024年4月にはザンビアで詐欺シンジケートが摘発され、77人(22人は中国人)の容疑者が逮捕され、2024年後半にはアンゴラで大規模な捜索が行われ、オンラインギャンブル、詐欺、サイバー犯罪に関与した疑いで数十人の中国人が拘束された。また、ナイジェリアはアフリカに進出するアジアの詐欺ネットワークにとって重要な拠点となっていることが報告されている。 このほか、南アジア、南アメリカ、旧ソ連諸国などにも拠点が存在するほか、UAEのドバイはオンライン詐欺に関連した人材募集および人身売買の世界的な拠点になりつつある。 【日本も例外ではない】 前述のように日本人の被害も発生している。近年問題になっているトクリュウの一部は中国系オンライン詐欺グループとつながっている。そして、中国当局が地政学的意図を持ってこの犯罪集団を利用している可能性が高い以上、必要があれば日本に刃を向けるだろう。 問題は、実効性のある対処が難しいことだ。オンライン詐欺グループは国家が接点を持つハイブリッド脅威なのだが、同時に閾値以下の攻撃でもある。したがって、安全保障問題あるいは外交問題として政府が対応しにくい(本来はすべきだが)。そして、犯人が国外にいることから警察も対処が難しい。 拠点がある国は汚職が横行し、警察組織も当てにならない。近年、大きな摘発は行われているが、オンライン詐欺グループの拡大は続いていることから、政府や警察の体面を保つ程度の摘発にとどまっている可能性が高いと言われている。オンライン詐欺の狩り場になっているSNSなどを規制しようにも、ほとんどはアメリカ企業であり、言うことを聞かない。 ただし、日本だけがだめなわけではない。同様の問題はほかの国にもある。なぜならこの問題は、サイバー空間で自律的意思決定に基づく行動が取れないというデジタル主権の喪失と、迅速に横断的な対応を行えないという統治体制の根本的な問題に由来しているからだ。 これまでとは異なる視点とアプローチで対処する必要がある。

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