メキシコ軍による麻薬王エル・メンチョ殺害。その一報がもたらしたのは平和ではなく、制御不能な暴力の連鎖だった。サッカーW杯という国際的祝祭を前に、なぜメキシコは「予測不能な泥沼」へと沈んでいくのか。出口なき絶望のリポート。 * * * 【メキシコ史上、最凶の麻薬カルテル】 今年2月22日、メキシコの麻薬組織「ハリスコ新世代カルテル(以下、CJNG)」のリーダーとして指名手配されていたネメシオ・オセゲラ・セルバンテス、通称エル・メンチョがメキシコ軍の作戦により死亡。戦闘で重傷を負い、搬送中に亡くなったという。 この作戦にはCJNGを「メキシコで最も凶悪な犯罪組織」と名指ししていたアメリカ政府からの情報提供が大きな役割を果たしたとされる。 中南米に端を発する麻薬密売の実態を取材した著書『ナルコトラフィコ』(講談社、スペイン語で「麻薬密売」の意味)を上梓(じょうし)したジャーナリストの丸山ゴンザレス氏は、一報を聞き、事態のさらなる混迷化を直感したという。 「本来、組織の実態解明にはトップの生け捕りが最善。しかし、結果として殺害に至ったことで、内部での権力闘争や情報の断片化が避けられない状況になりました。麻薬戦争はより複雑化するだろうと感じたのです」 実際、事件後にメキシコの複数の州でCJNGによる報復行為が頻発。車両への放火や道路の封鎖などが相次ぎ、治安当局が「最高警戒態勢(コード・レッド)」を発令するほどの異常事態となった。 「メキシコでは麻薬カルテルのトップが逮捕、または死亡すると、全国的な報復活動や示威行為が展開されます。これはカルテル側から政府に対する『トップ不在でも組織は機能する。舐めるなよ』というメッセージです。 2023年1月、最大組織のひとつ、シナロア・カルテルの最高幹部「エル・チャポ」の息子が逮捕された際も、私は現地での激しい報復を目撃しました。こうした騒乱はメキシコでは珍しくない。今回のエル・メンチョ殺害後も、CJNGは瓦解(がかい)することなく組織を維持し続けています」 そもそもCJNGとは、どのような組織なのか? 「メキシコのハリスコ州を拠点とする、比較的新しい世代の麻薬カルテルで、伝統的な裏社会のルールを完全に無視する点に特徴がある。 パブロ・エスコバル(1980年代に中南米カルテルの隆盛を築いた麻薬王)の時代には、『日曜は教会に行く日だから殺し合いをしない』『敵の家族には手を出さない』といった暗黙の了解がありました。 しかし、CJNGを筆頭に今の世代のカルテルには、そのような仁義が一切ない。抗争相手の家族はもちろん、一般人にも暴力を行使する。昔が"任侠(にんきょう)"だとしたら彼らは"半グレ"。故に恐れられ、急速に勢力を拡大しました」 【日常に侵食するカルテルの恐怖支配】