80年前、米4俵だけを奪い‟消えた”真犯人…「長野県市田村一家7人殺害」事件解決を阻んだ原因は何だったのか【未解決】

終戦からわずか1年後の1946年、長野県の静かな山村で日本犯罪史上類を見ない凄惨な事件が発生した。母子ら7人が、就寝中に薪割り用の斧で惨殺されたのだ。 現場から盗まれたのは玄米4俵のみ。金目のものには一切手が付けられていなかった。乏しい物証、大雨で流された痕跡、そして極度の食糧難が捜査を阻む。やがて村民たちは疑心暗鬼に陥り、互いを犯人だと罵り合うように……。 犯人はなぜ、母子ら7人の命を奪ったのか。そして、その正体は誰だったのか。15年の時を経て公訴時効が成立し、永遠の謎となった戦後最大のミステリーの一つ、「市田(いちだ)村一家7人殺害事件」の真相に迫る。 ※ この記事は、『戦後まもない日本で起きた30の怖い事件』(鉄人社、2024年)より一部抜粋・構成しています。

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