長年にわたり真相が解明されていない未解決事件は、日本国内だけでも多数存在する。しかし、人の目と記憶は時とともに薄れていく。それでも捜査員の執念が時を超えた事件がある。 1999年、主婦の高羽奈美子さん(当時32歳)が名古屋市西区のアパートで首などを刺され殺害された事件で、夫の悟さんは現場のアパートを当時のまま保存し、家賃を払い続け殺人の時効撤廃も訴えてきた(2010年 時効は撤廃)。 「事件直後半年ぐらいは誰も取材に来なかったので、このまま風化したらどうしようかというトラウマみたいなものを背負っていました。ほとんど私も全然情報なかったですし、警察が訪ねてくることもなかった」(悟さん、以下同) 「びっくりしたのは26年間待ったのにその日の朝、逮捕する朝に一報があって、その夜逮捕されるぐらいの急転直下だったので。今は全然手ごたえがなくても、ある日突然急に解決するということはあり得ますので、皆さんには希望を持ってほしいなと。今全然手ごたえがなくても決して諦めないで、急転直下捕まるということが実際ありますので」 「この先、いつ捕まるのか」「もしかしたら捕まらないかもしれない…」そんな葛藤の中、20年を目処に保持し続けた現場アパートを引き払おうと考えたこともあったそうだ。そうした中、事件を動かしたのは2024年、未解決事件の担当に異動してきた一人の刑事だった。 「うちもあの刑事さんと出会っていなかったらまだ解決していなかったと思います」(悟さん) この26年目の逮捕劇に光を見た人たちがいる。北九州若松で主婦が殺害された事件は、今も犯人は分からないままで、亡くなった関岡晴美さん(当時34歳)の母・永野弘子さん(82)もその一人だ。 「25年前のあの日のままです。6月29日当日そのまま。前日に雨がよく降っていましたから、娘とした会話がそのまま耳に残っている」「(犯人とみられる写真が掲載された情報提供チラシを)持って帰った分は全部破ったり、金づちでたたいたり、包丁だったかカッターだったかよく分かりません、切りつけて『あなたはね、これくらいの痛みを(娘に)なさったんですよ』と言って、焼いてみたりしましたね」(弘子さん) 2009年、埼玉・熊谷市で小学4年生がひき逃げで命を奪われた事件。亡くなったのは小関孝徳さん(当時10歳)で、逃げた者の手がかりは17年も掴めていない。孝徳さんの母親はひき逃げの時効の撤廃を求める嘆願書を法務省や警察庁などに提出している。誰かがあきらめずに探し続ける限り、事件に終わりはない。 (『ABEMA的ニュースショー』より)