乾燥大麻所持によって麻薬取締法違反(所持)で拘禁刑1年、執行猶予3年の判決を受けた元バレーボール男子日本代表ミドルブロッカーの佐藤駿一郎(26)が23日、都内で本紙の単独取材に応じた。将来を嘱望されていた中での騒動に反省の日々で、28年ロサンゼルス五輪出場を決めた代表チームについても複雑な胸中を吐露した。また、今後はインドで競技を継続する考えを明かした。以下は一問一答全文(3)。 ――そもそもなぜプレー継続を望むのか。 「バレーを辞めて社会人になろうかと考えましたが、バレーをしてない期間にテレビで代表戦などを見ていて、やっぱりバレーがしたいなという感情になりました。もう一度挑戦しようかなと思いました」 ――インドでプレー予定になっている。 「判決が終わってから時間もない中で正式にチームを探す形になり、その中でインドのチームが僕のプレーを見て声をかけてくれたという形です。(執行猶予中の海外移籍は)僕自身も何回も調べた。判決の内容などの書類を向こうのチームとやり取りをして、ビザを取得できるようにチームも動いてくれています。今週中ぐらいにはビザの取得ができるという話はされている。向こうのチームが発表してから、僕も発表する形になると思います」 ――国内リーグに戻る未来はあるのか。 「やれるところで続けたいです。将来的に、変わったねと言われて、日本のチームに呼ばれたらうれしいですけど(所属チームの)会社の印象もあります。今、僕が日本でプレーしたらその会社自体も印象が悪くなってしまうと思います。ここから積み重ねた中で、周囲がどういった判断するのかによると思います」 ――インドで競技を継続する場合、目標は何か。 「ひたすらにやるしかないと思っています。やるからには結果も求められる。毎年、チームが安泰に見つかるわけではないです。活躍しないと声はかからない。やる中でも結果を求めてやらないといけない。これまで淡々とバレーをやってきましたが、自分と向き合う時間があったことで、まだ成長しないといけない部分も多くあります。まず結果を出さないといけないと感じています」 ――SNSなどで批判や応援などメッセージが届く中で、どんな言葉が印象的だったか。 「本当にたくさんのメッセージが来ます。直接DMがバンときて、見たくなくても目に入ります。“自粛しろ”“1~2年はおとなしくするべき”“バレーボールに関与しないでほしい”という言葉もありました。一方で“バレーをしている佐藤選手が見たい”という声や心配の声もありました。今までのプレーを見てくれていた人たちからは“あのプレーが凄かった”“またやり直せる”というコメントも来ました。批判の声は見ていますが、僕のことを支えてくれるメッセージもあります。元々この事件があった前から批判の声が多いプレーヤーでした。好不調の波もあり、熱が入ると頭に血が上ってプレーが雑になったりして、普段からアンチが多かったんです。その中でも応援してくれる人がいるので、その人たちのためにやりたいです」 ――もう同じことは繰り返さないか。 「そのために(人間関係を)整理しました。今回のことで離れていった人もいます。自分自身も“この人たちとは関わるけど、こっちとは関わらなくてもいい”など連絡を取る必要ない人とは取らなくなりました。保釈されてから一番に連絡くれた人たちや地元の友達がいてくれます。いろんなところで知り合った人たちと深く関わりたいと思うこともなくなりました」 ≪執行猶予中でも海外でプレー可能≫有罪判決の執行猶予中の場合でも、パスポートを所持していれば一般的に海外渡航は可能となる。若狭勝弁護士によれば「渡航先の国の許可が出て、ビザが下りればスポーツ選手が海外で契約しプレーすることもできるでしょう」という。新規でパスポートを取得するには制限がかかることもある。同弁護士は「ただし、保護観察処分がついている場合は、保護観察所長の許可を求めることなどが必要」とした。 ≪新シーズン開幕会見の日に≫佐藤が逮捕されたのは新シーズンの開幕会見が行われる予定だった5月28日。代表活動中の自由時間だった27日夕方にチームメート数人と東京都板橋区のパチンコ店を訪れ、店に置き忘れたバッグの中から乾燥大麻が発見された。開幕会見や公開練習は中止となり、日本協会は28日付で佐藤の代表登録を抹消。佐藤は6月18日に保釈され、7月31日の東京地裁で拘禁刑1年、執行猶予3年の判決が言い渡された。 ◇佐藤 駿一郎(さとう・しゅんいちろう)2000年(平12)5月17日生まれ、仙台市出身の26歳。東北高、東海大卒業後の23年にVリーグ・ジェイテクト入団。24年からフィンランドのフリカーニ・ロイマーで1年プレー。昨季はSVリーグ・名古屋に所属。退団が決まっていた今年5月に逮捕され、契約解除となった。25年ネーションズリーグ、22、25年世界選手権に出場。2メートル5、95キロ。