なにわ男子の西畑大吾と福本莉子がW主演を務める『時給三〇〇円の死神』が10月2日より公開を迎えた。藤まるの同名ベストセラー小説を実写化した本作でメガホンをとるのは、「美しい彼」シリーズをはじめ、数々の青春&恋愛作品を手掛けてきた酒井麻衣監督だ。本作では、生きる希望を失った大学生を演じる西畑が、繊細な感情表現で役者として新たな顔を披露。酒井監督はこれまでも、俳優たちの様々な表情を引きだし、個性豊かな男性キャラクターを描いてきた。そこで今回はそんな酒井監督の演出に着目し、彼らの魅力がどのように映しだされてきたのか、印象的なシーンと共に振り返っていこう。■若者たちの繊細な感情を映しだしてきた酒井麻衣監督酒井監督は、映画やドラマ、ミュージックビデオなど幅広いジャンルで活躍する映像監督だ。ファンタジックな世界から等身大の青春、ラブストーリーまで数々の作品を手掛けながら、若者たちの揺れ動く感情を丁寧に映しだしてきた。作品を彩る淡い色彩や光を生かした映像美と共に、登場人物の“想い”を掬い取るような演出も大きな魅力だ。また、過去には「俳優が持っている優しさや思いやり」を大切に、「現場で生まれる感情の揺れ動きを映し取ることを目指している」と語っていた監督。演者のまなざしや仕草に感情がオーバーラップする瞬間を逃さず捉えるからこそ、キャラクターの想いが観る者の心にも響いてくるのだろう。■視線や表情で想い合う2人の恋心を浮き彫りに酒井監督の代表作の一つが、凪良ゆうの人気BL小説を萩原利久と八木勇征のW主演で実写化した「美しい彼」シリーズ。無口で友だちもほとんどいない平良一成(萩原)と、スクールカーストの頂点に君臨する清居奏(八木)のすれ違う恋模様を描いた作品だ。本シリーズで際立つのは、平良の視線を通して映しだされる清居の美しさ。なかでも『劇場版 美しい彼〜eternal〜』(23)で、カメラマンを目指す平良が俳優となった清居を撮影するシーンにはそれが象徴的に表れている。撮影の際、酒井監督は萩原に実際にカメラを持たせ、八木を撮ることを託したという。そこに映るのは、まさに酒井監督が語る「平良である萩原さんにしか撮れない清居」。ファインダー越しに交わる視線や甘美な表情から想い合う2人の恋心が薫り立ち、清居の美しさをより鮮烈に印象づけている。■感情が揺れる瞬間を逃さずスクリーンに活写そして、汐見夏衛の人気恋愛小説を実写化した『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』(23)は、本音を隠して生きる茜(久間田琳加)と、絵を描くことを愛する青磁(白岩瑠姫)が惹かれ合うラブストーリー。この作品で見どころとなるのは、青磁が茜に本音をぶつける教室でのシーンだ。自由奔放で、どこかミステリアスな雰囲気を纏っていた青磁が、それまで抑えていた感情を露わにする。表情や声、佇まいまでが大きく変化することで、普段は見せない青磁の内面が一気にあふれだす。その一瞬をカメラで追うことで、彼の繊細さや人間らしさが克明にスクリーンに刻み込まれた。一方、高校生男女6人の恋が交錯する『恋を知らない僕たちは』(24)で、目線や呼吸から恋心を匂わせることを意識したという酒井監督。大西流星演じる英二と恋愛迷走系女子の小春(齊藤なぎさ)との心の距離が一気に近づく保健室のシーンでは、まだ自分の気持ちを言葉にできない英二の想いがこぼれ落ち、胸が高鳴る。酒井監督は、あえて恋愛感情をはっきりさせず、心の揺らぎをそのまま表現することを大西に委ね、恋に戸惑う英二のリアルな表情を引きだしている。■俳優自身が持つ個性で、キャラクターの魅力を拡張!また、酒井監督作品では、俳優自身の雰囲気や個性が、役柄の魅力へと巧みに落とし込まれているのもおもしろい。『ストロベリームーン 余命半年の恋』(25)では、當真あみ演じる萌と恋に落ちる日向役に、オーディションで齋藤潤を抜擢。酒井監督が惹かれたのは、「芝居を見ているだけで目の奥が潤んでしまう」という日向にも通じる齋藤の誠実なまっすぐさだったという。そんな齋藤の持ち味が生かされたのが、悲しみの慟哭からひまわり畑へとつながっていくシーンだ。絶望を胸に秘めながらも、萌を少しでも勇気づけようとする日向の姿には、純朴であどけなかった少年からの成長の兆しと頼もしさが宿っていた。一方、俳優が持つイメージを生かしながら、そこに意外な一面を重ねることも。自身で脚本も手掛けた『チャチャ』(24)では、伊藤万理華演じる天真爛漫なチャチャに本人の個性を重ねて相乗効果をねらう一方、彼女が恋する樂役の中川大志からは、これまでとはひと味違う表情を引きだして見せる。具体的なエピソードはネタバレになるため控えるが、ふと垣間見せる危うさが樂というつかみどころのない人物像にさらなる奥行きを与えており、印象深い。■役者・西畑大吾の新たな顔を引きだした、最新作『時給三〇〇円の死神』そんなエモーショナル演出に長けた酒井監督の手腕が存分に発揮されているのが、最新作『時給三〇〇円の死神』だ。父親の逮捕、両親の離婚、恋人との別れなどが重なり、生きる希望を失っていた大学生の佐倉真司(西畑)。ある日、同級生の花森雪希(福本)から時給300円の“死神”のアルバイトに誘われた彼は、この世に未練を残した死者たちの“心残り”に寄り添うなかで、自身もまた少しずつ前を向いていく。「感情の機微を丁寧に表現できる」ことが高く評価され、真司役を託されたという西畑。なかでも酒井監督の目に強く焼き付いたのが、真司がとある真実を知ったあとのワンシーン。ワンカットの長回しのなか、受け入れがたい現実に打ちひしがれ、行き場のない想いを抱えた真司は静かに涙を流す。言葉にならない真司の悲しみがじわじわと伝わってきて、観ているこちらも思わず涙がにじむ。役者として多様な引きだしを持つ西畑だが、本作では、言語化するのが難しい複雑な感情までも表情や佇まいで鮮やかに描きだし、新たな顔を披露している。俳優を信頼し、その人自身の持ち味をキャラクター造形に生かしてきた酒井監督。「最終的に役として生きて表現してくださるのは俳優さんの力」と語る監督の言葉どおり、本作では西畑の芝居によって真司という人物に確かな存在感が与えられている。真司は死者たちとの出会いを経てどのように変わっていくのか。その結末をぜひ劇場で見届けてほしい。文/足立美由紀