社説:アウシュビッツ 80年の記憶、今に生かさねば

人類が引き起こした過酷な惨事を記憶し、過ちを繰り返さないことを心に刻みたい。 「人種や宗教、性的指向が異なる人への不寛容や嫌悪に敏感になれ」。第2次世界大戦中、ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)の象徴・アウシュビッツ強制収容所(ポーランド)が解放80年を迎え、99歳の元収容者は訴えた。 現地で行われた追悼式典は、生存者56人と約50カ国の元首、首脳らが出席した。 母親と叔母をガス室で殺された元収容者は、「異質と見なされることが迫害につながることを身をもって知っている」と語った。移民や難民の排斥を掲げる極右政党が台頭し、人種や価値観の異なる人々への敵意をあおる社会への警句であろう。 他国への侵攻とともに、ナチスは各地に収容所を設け、約600万人のユダヤ人を虐殺したとされる。最大規模のアウシュビッツ収容所では、ユダヤ人のほか少数民族ロマら約110万人が犠牲になった。食事をほとんど与えられず、病死や餓死で命を落とした人も多かった。 だが、過去から何を学んだのか。ユダヤの人々が建国したイスラエルは一昨年以来、パレスチナ自治区ガザで大量殺りくを繰り広げた。イスラム組織ハマスの奇襲攻撃に対し、自衛権の名の下に学校や病院、難民キャンプを空爆し計4万6千人超を殺害した。大半は女性や子どもを含む一般市民だった。 収容所のように封鎖された地区では、食料不足や医療体制崩壊で疫病や飢餓がまん延し、人道危機が極まっている。国際刑事裁判所(ICC)は、飢餓を用いた戦争犯罪、人道に対する罪の疑いで、侵攻したネタニヤフ首相に逮捕状を出した。先月停戦したが、先は見通せない。 イスラエルを支えてきた米国のトランプ大統領の「ガザ住民を(他国へ)移住させた方がよい」という発言は、民族浄化の思想と変わらない。国内では治安悪化の原因を移民に押しつけて強制送還し、社会の不満の矛先をLGBTQ(性的少数者)らマイノリティーにも向ける。 ユダヤ人の政治哲学者ハンナ・アーレント(1906〜75年)は、数百万人を収容所に送った責任者アイヒマンの裁判で、被告は怪物的な悪の権化ではなく、ただ命令に忠実な平凡な官僚だったと見た。人として大事な資質である「思考する能力」を放棄しただけ。その「悪の凡庸さ」が人間を残虐行為へ走らせること、それはわれわれの中にもあることを示した。 ひるがえって日本も80年前、他国を侵略し、殺し、殺された歴史を忘れてはならない。 耳目を引く強い言葉を発する政治家たち、根拠のない排他的な言説があふれるネット空間。危うい道は身近に潜む。一人一人が思考し、あらがい、疑問を突きつけ続けねばならない。

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