フジテレビの支配者は1988年に社長に就任して以来、37年間君臨する日枝久である。87歳の帝王は「戦わずして辞めるのか」と神託を下した。 帝王は戦うのか、それとも王朝は崩壊するのか。AERA 2025年2月10日号より。 * * * フジサンケイグループ代表の日枝久(87)は1月23日、辞意を申し出る3人の首脳に対して、「戦わずして辞めるのか」と一喝した。世間とのずれを象徴する発言でもあるが、いかにも日枝らしい。というのも日枝は戦って勝ってきた男だからである。1度目はグループに君臨してきた鹿内家を追放したクーデター劇で。そして2度目は、急襲してきたライブドアの若者たちを検察に差し出すことで。「俺は勝った」。あのときフジテレビの社員は日枝がそう漏らすのを聞いている。 いまから20年前の、2005年2月8日、堀江貴文率いるライブドアはニッポン放送を急襲し、一挙に29%余の株式を取得した。この当時フジサンケイグループは、規模の小さいニッポン放送がグループ全体の持ち株会社的な機能を果たし、傘下に規模の大きいフジテレビを従えるいびつな構造にあった。割安なニッポン放送株を買い占めれば、フジテレビや産経新聞社などフジサンケイグループを手中に収めることができる。それを狙っての敵対的買収だった。 日枝は突然の闖入者が不快だった。「いきなり株をポーンと買って『業務提携しよう』と言われてもね。アメリカ的というんですかね」。その日の夜、東京・杉並の自宅前で苦虫をかみつぶしたような表情で語った。 ■心中では堀江を許さず 以来、両社は国民注視の劇場型のせめぎ合いをした後、4月18日に和解した。ライブドアが買い占めたニッポン放送株をフジに売るとともに、放送と通信の融合を目指すという名目でフジがライブドアの第三者割当増資に応じ、440億円を出資した。フジはライブドアに総額1400億円強の大盤振る舞いをしてまでニッポン放送株を手に入れたかったのだ。 日枝はこのときの記者会見で「もともと、どこかIT企業と組もうといろいろと考えてきました。ライブドアとの提携協議から出てくる新しいビジネスチャンスに期待したい」と笑顔で語っていた。カメラの放列が、てかった彼の顔を浮かび上がらせる。かたわらにはカジュアルな装いの堀江がいた。日枝は満面の笑みを浮かべていたものの、だが、心中では堀江を決して許すことはなかった。