イスラム国サヘル州の脅威──対外攻撃の拡大にトランプ政権の対応は?

2月下旬、モロッコの治安当局は差し迫ったテロ計画があるとして、イスラム国サヘル州(Islamic State in the Sahel Province)に連携する関係者たちをモロッコ各地で逮捕した。【和田大樹】 容疑者たちは18~40歳の12人で、カサブランカ、フェズ、タンジェを含む9都市で活動し、イスラム国のリビア人司令官からテロ計画について具体的な指示を受けていたとされる。 押収物には武器庫、イスラム国(IS)の旗、数千ドル相当の現金が含まれ、遠隔操作による爆弾攻撃が計画されていたことが明らかになった。モロッコ当局は、モロッコはサヘルで活動する全てのテロ組織の主要な標的と述べ、イスラム国サヘル州がモロッコへの活動拡大を企図していると指摘した。 モロッコは過去10年間で大規模テロを防いでおり、近年40以上のテロ細胞を解体した実績があるが、今回のテロ未遂事件は、イスラム国サヘル州の脅威が北アフリカに及んでいることを示唆する。 【イスラム国サヘル州とは】 イスラム国サヘル州は、過激派組織イスラム国(IS)の地域支部の一つで、サヘル地域と呼ばれるサハラ砂漠南縁地帯、主にマリ、ニジェール、ブルキナファソを活動拠点としている。 この地域は広大な砂漠と貧困、政情不安が交錯する場所であり、過激派組織が根付きやすい土壌が広がっている。イスラム国サヘル州の起源は2015年に遡る。 この時期、中東で勢力を急拡大させていたISの影響がアフリカにも波及し、元々アルカイダ系の武装勢力「アル・ムラビトゥーン」に属していた一部の戦闘員が分裂を起こした。彼らはISのイデオロギーに共鳴し、忠誠を表明することで「イスラム国大サハラ州(ISGS)」を設立した。 この組織を率いたのは、アドナン・アブ・ワリド・アル・サハラウィという指導者である。彼の下でISGSは、サヘル地域の脆弱な社会構造や政府の統治力不足を巧みに利用し、急速に勢力を拡大していった。特に、地元住民への攻撃や誘拐、資源の略奪を通じて資金と影響力を確保し、地域の不安定化を一層進めた。 しかし、2021年にフランス軍が展開する対テロ作戦「バルハン作戦」の一環でアル・サハラウィが殺害され、組織は大きな打撃を受けた。それでもなお、ISGSは活動を停止せず、現在は「イスラム国サヘル州」と名称を改め、サヘル地域でのテロ活動を継続している。 この組織の存在は、サヘル地域の安全保障に深刻な脅威をもたらしており、周辺国や国際社会による対策が急がれている。 特にフランスや国連は、軍事介入や平和維持活動を通じて対抗を試みているが、地元の紛争や民族対立が絡む複雑な状況下で、完全な制圧は困難を極めている。イスラム国サヘル州は、地域の混乱に乗じて今後も活動を続ける可能性が高く、引き続き注視が必要である。 【サヘル地域での活動拡大と戦略的転換】 イスラム国サヘル州は、サヘル地域での活動を通じて戦術を進化させてきた。初期はマリとニジェールの国境地帯(リプタコ・グルマ地域)で、政府軍や国連平和維持軍(MINUSMA)を標的にした攻撃が主だった。 2017年のトンゴ・トンゴ襲撃では、アメリカ・ニジェール合同パトロール舞台が襲われ、米兵を含む8名が死亡し、イスラム国サヘル州の戦闘能力や脅威が国際社会に強く発信されることとなった。 近年はブルキナファソにも活動を拡大し、2023年のグローバル・テロリズム・インデックスでは、サヘル地域のテロ関連死者の約25%をイスラム国系組織が占め、イスラム国サヘル州が主要な役割を担っている。 2022年のフランス軍撤退後、イスラム国サヘル州は権力の空白を利用し、密輸や麻薬取引で資金を確保しながら勢力を強化している。さらに、イスラム国サヘル州はトーゴやガーナ、コートジボワールなどギニア湾諸国へも活動範囲を拡大させ、ギニア湾諸国は近年、"テロの南下"を強く警戒している。 イスラム国サヘル州の越境性を考慮すれば、今回のモロッコのケースはその延長線上にあり、イスラム国ホラサン州やソマリア州のように、国際的なテロ活動にも重点を置いているように考えられる。 【なぜ、イスラム国サヘル州は対外的攻撃性を示したのか】 イスラム国サヘル州が対外的攻撃性を示した背景はいくつか考えられる。まず、2019年の中東でのISによる支配地域の喪失以降、ISはアフリカへ活動の軸足を移した。シリアやイラクでの領土喪失を補うため、サヘルや西アフリカなどの地域支部を強化し、グローバルなジハード運動を維持することに努めた。 モロッコでのテロ計画は、この国際化戦略の一環とも捉えられよう。また、モロッコは観光業(GDPの7%以上)や欧州との経済的結びつきを背景に、経済的繁栄を内外に強く示してきたが、その安定を崩すことで、欧米諸国へ自らの影響力を誇示する狙いがある。 さらに、フランス軍や米軍の撤退後、ロシアのワグネルグループなどの介入がある一方で、イスラム国サヘル州は混乱を利用して活動しやすい環境を確保しており、対外的攻撃に時間やコストを割ける十分な余裕があることも考えられよう。 【対外的攻撃性の特徴と影響】 イスラム国サヘル州の対外的攻撃性の特徴であるが、他のテロ組織にも言えることだが、オンラインでの過激化とリクルートが顕著である。モロッコで逮捕された容疑者は、オンラインで過激化され、リビア人の司令官から指示を受けていたとされる。これは、デジタル技術を駆使した遠隔動員能力を示す。 第二に、攻撃の多様性である。モロッコでの計画では、遠隔操作爆弾による同時多発攻撃が企図され、従来の戦術とは異なる高度な手法が採用されていた。この攻撃性はモロッコのような観光依存国にとっては大きな脅威となり、テロ成功が経済的打撃と国際的批判を招く可能性がある。 また、サヘル地域の不安定性が北アフリカや欧州に波及すれば、難民流入やテロの連鎖を引き起こし、西側諸国に新たな安全保障上の課題をもたらす。モロッコ当局は過去10年で大規模テロを防いできたが、イスラム国サヘル州の持続的な攻撃意図は、対テロ政策をさらに試すものになろう。 【イスラム国サヘル州の今後】 2025年2月のモロッコでのテロ計画摘発は、国際安全保障上、イスラム国サヘル州がサヘル地域を超えた対外的攻撃性を示したケースと捉えられよう。その経緯は、中東での敗北後の再編成、地域の混乱を利用した拡大、モロッコという安定的国家への挑戦という形で進化してきた。 対外的攻撃性の背景には、グローバルなジハード運動の維持、モロッコの戦略的重要性、サヘル地域の不安定性がある。 今後、イスラム国サヘル州の脅威に対抗するには、軍事力だけでなく、情報収集や国際協力が不可欠である。モロッコの成功例は、事前監視と迅速な介入の有効性を示すが、デジタル空間での過激化対策やサヘル地域の経済・社会開発も求められる。 イスラム国サヘル州の攻撃性は、アフリカから欧州に至る地域の安全保障に影響を及ぼす可能性があり、国際社会の協調した対応が必要である。 【トランプ政権はどう対応するのか】 最後に、トランプ政権はイスラム国サヘル州にどう対応することが考えられるか。 現時点で、トランプ政権がイスラム国サヘル州に積極的な軍事行動に出ることは考えにくいが、トランプ政権はソマリア北部を拠点とするイスラム国ソマリア州の拠点を空爆し、最近ではイエメンの親イラン武装勢力フーシ派への軍事攻撃を積極的に行なっている。 上述のように、2017年のニジェール南西部で発生したトンゴ・トンゴ襲撃では米兵4人が犠牲となっており、米国権益を守るためなら攻撃を躊躇しない姿勢に徹するトランプ政権であれば、仮に同様の事件が発生した際、イスラム国サヘル州にも攻撃の手を強める可能性が考えられよう。

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