【色恋営業の事件簿】30代の客をソープ嬢殺しに至らしめた〝ガチ恋営業〟の手練手管

3月7日、政府は悪質なホストクラブに対する規制を強化するための風営法改正案を閣議決定した。ホストクラブの女性客が高額な料金を請求されて、借金を背負わされるケースが相次いでいる問題を受けてのものである。改正法案には客の恋愛感情につけ込んで高額な飲食をさせるいわゆる「色恋営業」を禁止することや、罰則の強化などを盛り込んだ。 今回の風営法改正は「悪質ホスト問題」が発端であり、ホストから女性客への色恋営業のみが禁止されると思われがちだが、そうではない。法律上はすべての「接待飲食等営業」が対象となっており、キャバクラやスナック、ガールズバーなどでの接客女性から男性客への色恋営業も禁止の対象となっている。 女性から男性への色恋営業は水商売店や風俗店で長年行われてきた。客に恋愛感情を抱かせることで来店頻度や客単価を上げて売り上げアップにつなげるもので、営業方法としてはごく一般的である。しかし、男性客が接客女性にハマってしまい、トラブルに発展するケースも少なくない。本稿では、ここ数年で話題になった色恋営業絡みの事件の数々を振り返り、色恋営業の具体的な手口とともに、夢中になった客が起こした惨事を紹介していこう。 まずは、風俗店での色恋営業絡みの事件から。 ’23年5月、東京・吉原の高級ソープで働く女性が、接客中に個室内の風呂場で客の男性にサバイバルナイフで刺されて死亡した。殺人容疑で逮捕されたのは警備会社の30代契約社員。刺殺した動機について「自分の人生と相反して、きらびやかな人生を送っていることに殺意が芽生えた」と供述していたという。 死亡した女性キャストは予約困難な人気嬢だった。男性は女性を複数回指名した後、何らかのトラブルにより〝出禁(店への出入り禁止)〟になっていた。だが、携帯番号を変えて偽名で予約を取り、変装して来店し犯行に及んだ。 ◆吉原屈指の優良店の〝色恋マニュアル〟 事件現場となった店は1970年から営業する老舗。業界では〝吉原の名店〟として名高く、全国でも〝屈指の優良店〟といえるだろう。料金110分総額6万7500円の高級店であり、レベルの高い女性が集まっている。 人気店の地位を不動のものにしている要素の一つは、徹底した色恋営業によって他店との差別化を図る〝ガチ恋営業〟である。店には〝男性客に対してどう接するか〟を細かく記したマニュアルがあり、「最初に客と対面するエレベーターの中で〝待ちきれない〟という雰囲気を出して抱きつく」「客の耳元で吐息がかかるように話す」「服越しに身体を触る」「何度もキスをする」など、客が「本当に自分のことを好きなんじゃないか」と〝勘違い〟させるように徹底的に指導していたという。 訪れる男性客も〝ガチ恋スタイル(本気の色恋営業)〟を求める人が多かった。客の中には女性キャストを〝本物の恋人〟だと勘違いしてしまう人も少なくなく、何度も口説いてきたり、しつこく連絡してきたりする人がいたという。 この店では、’03年にも男性客が女性キャストを殺害する事件が起こっている。遊び慣れていない50代の男性が、女性キャストに入れあげてしまった。男性は他のソープの従業員だったが、上司から叱責されたのを機に店を辞め、女性キャストを道連れに死のうと思い、ネクタイで首を絞めた。 これらは〝接客に長けた優良店であるがゆえに起きた悲劇〟である。女性キャストによる〝洗練された色恋営業〟が、男性客の心を掴み過ぎて、暴走させてしまったのであった。 なぜ、店側は濃密な色恋営業をするように女性キャストに指導するのだろうか。その理由は、いわゆる〝擬似恋愛〟を楽しみに店を訪れる客が一定数存在するからだ。客側としても、〝疑似恋愛〟と認識したうえでお金を使う分には、特に問題ないのである。 女性キャストとしては、単に「リピーターがつきやすく儲かるから」だけではなく、「お互いが気持ちよく時間を過ごせる〝いい関係〟を築ける」という理由も、ゼロではないだろう。 ただ、客側がそれなりに〝成熟した大人の男性〟でないと、〝勘違い〟によって極端な行動を引き起こしてしまう。女性キャストの色恋営業も「度を越した」ものではなく「適切さ」が大切なのは、言うまでもない。 ◆度重なる要求に合計2000万円… 〝ガチ恋客〟たちが夢見るゴールの一つは間違いなく〝結婚〟だろう。次は〝結婚〟を巧みに利用した詐欺事件を紹介したい。 ’22年3月、茨城県の50代の男性に「一生一緒に添い遂げる」などと言って結婚をほのめかして現金90万円をだまし取った疑いで、28歳の女性が逮捕された。女性は「母親をホスピスへ入れる費用を貸してほしい」などと嘘をつき、男性からカネを受け取っていた。 男性は、容疑者の女性と3年前に風俗店で知り合い、メールなどでやりとりして〝交際している〟と思っていた。女性は「母親が病院に運ばれた。手術費用を貸してほしい」「母親が、がんだった。お金がいる」「奨学金の返済でお金が足りない」などと嘘とみられる話で金銭の要求を繰り返しており、この男性から約2000万円をだまし取ったとみられる。 警視庁によると、容疑者の女性については他にも20代から60代の数人の男性から同様の被害の相談があったという。調べに対し女性は「お金を貸してもらった事実はあるけど、だましていたわけではない」と容疑を否認していた。 水商売店や風俗店で働く女性が〝結婚〟をエサに大金を要求してきたら要注意。冷静になって考えれば「おかしい」と気づくはずだ。 ただ、「おかしい」と思っていても、引っかかってしまうことがある。なぜなら、人間には「感情」があるからだ。頭の中で〝これは色恋営業だ〟と理解していても、感情が理性より勝ってしまうのだ。 さらに事態を複雑にするのは「キャバクラ嬢や風俗嬢と結婚して幸せになっている人が多数いる」ことである。〝勘違い〟とされるケースも、それは結果論であり、結果が出るまで男女の関係は「分からない」。〝勘違い〟ではなく、一生を共にする〝運命の人〟かもしれない。 水商売店も風俗店も、立派な〝出会いの場所〟である。私はこれまで26年間、全国の歓楽街を取材してきて、風俗嬢やキャバ嬢を恋人にしたり、結婚したお客をたくさん見てきた。また、始まりは〝勘違い〟や〝疑似恋愛〟でも、後に〝本物の恋愛関係〟になることもある。だからこそ、はたから見たら明らかに〝商売上の色恋行為〟であるのに、「店の女性だからといって、色恋の行動はすべてお金のための営業行為であるわけではない」と都合よく考えてしまう男性客も出てくる。周囲が「やめたほうがいい」「目を覚ませ」などと忠告しても聞く耳を持たなくなってしまうのだ。 【後編】「一方的な〝愛〟は激しい憎悪に変わって…それでも〝色恋〟がなくならない理由」では、ライブ配信をきっかけに知り合ったガールズバーの女性を客の男性が刺してしまった事件などを紹介している。 【後編】「一方的な〝愛〟は激しい憎悪に変わって…それでも〝色恋〟がなくならない理由」 取材・文・写真(1、2枚目):生駒明

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