【今週はこれを読め! ミステリー編】型破りな好漢刑事に拍手!〜クイーム・マクドネル『悪人すぎて憎めない』

荒くれすぎて汚せない。 クイーム・マクドネルの小説を読むと、そのざらつく手触りと、深奥にある清らかさとの差に驚かされるのである。最も無骨な外観の者にこそ、最も清純な魂が宿る。 『悪人すぎて憎めない』(青木悦子訳/創元推理文庫)は、そのマクドネルの第五長篇だ。1999年、アイルランドの首都ダブリンが舞台の物語である。 ある犯罪常習者がビルの屋上から飛び降りようとしている場面から話は始まる。彼を説得しにやってきたのがバニー・マガリー刑事だ。気の利かない大男で、きついコーク(アイルランド南西部の県)訛りと、さえない、どこか中古品っぽい雰囲気の持ち主、と形容される。「体当たりでドアを破ったり、必要とあればパンチの先に投げだされたりできる」頑丈ぶりは、物語の中でたびたび披露されることになる。 マガリーがどうやってこの自殺志願者を救出したかは読んでのお楽しみとしよう。いささか型破りなやり方なので、報告書を作成するには相棒のティム・"グリンゴ"・スペイン部長刑事の手を借りなければいけなくなる。このグリンゴもバニーに負けず劣らずの規格外れな警察官だ。というより、この後で次々に出てくる刑事たちもみな一癖も二癖もありそうな連中なので、自分が何を読んでいるのかを忘れそうになる。警察小説なのか、それともダブリンの悪漢たちを描いた小説なのか。 答えは警察小説で、中心となる事件もちゃんとある。非常に大胆な犯罪である。現金輸送車に随行していた警察官の乗った車に、二台のオートバイが接近してきた。バイカーは警護車のフロントガラスに吸盤で先にコードのついた手榴弾を取り付けたのである。コードがゆるむとドカーン、窓をあければドカーン、ドアを開けてもドカーン。爆発物処理班が到着するまで何もできない状態に追い込んで強盗は悠々と引きあげた。 バニーはグリンゴと一緒に酔っ払い、三人を相手に大喧嘩をした翌朝にこの事件捜査のため呼び出される。首謀者と思われるのはトミー・カーター、地元では若き顔役として知られる男だが、物騒な面々を集めて強盗団を組織している。その中には特殊部隊出身で殺し屋と呼ばれる危険人物も混じっているのである。ダブリン警察は何度もカーターを逮捕しようとしたが、そのたびに失敗してきた。とある事件で警察に目をつけられたときは自ら出頭してきたが、八時間座ってジェームズ・ジョイスの一節を何度も何度も暗誦する以外何ひとつ言わなかった。もちろん頭が切れるし、警察をなめきっている。そんな難物を逮捕するようにバニーたちは命じられるのだ。 というわけでハイウェイ強盗団との闘いが軸になって話は進んでいくのだが、マクドネルはそれだけでは読者が退屈すると思ったか、バニー・マガリーという主人公が好きすぎたか、サブ・プロットを発動させて中盤からそちらにも注力していくのである。たぶんバニーが好きすぎたんだろうな。読者の興を削いでしまうといけないので細かくは言えない。バニーという男がいかに好漢かということがわかるエピソードが山盛りだ、とだけ書いておこう。 本作最大の魅力は、バニー・マガリーのキャラクターである。刑事としては有能なのかもしれないけれど、そのほかのことではとにかくでくのぼうな正直者だ。たとえばバーで気になる女性を口説こうとしたときの会話はこうである。 「それで、さっき言ったように、きみはクソ最高だと思うんだ。美人だし、頭もいいし、はっきり言って、天国の天使が全員くたばっちまうくらいの声を持ってる」「感動的な表現ね」 グリンゴは、彼を親友だと思っている理由をこのように語る。 「なぜなら、荒っぽい見かけの下では、やつは俺の知っているなかでいちばん高潔で立派な人間だからだ。あいつは善と悪があることを心の底から信じているし、独特のたががはずれた田舎者ふうのやり方で、世界をもっといい場所にしようと本当にがんばっている」 「世界をいい場所にしよう」というバニーの個人的な努力が実を結んだかに見えるのが中盤のクライマックスである。そこからは世界と彼との闘いになる。腕ずくでねじ伏せられるほど世界は甘い相手ではなかったのだ。バニーに屈服したふりをしておいて、手痛いしっぺがえしをする。どんどん追い込まれていく大男が、それでも諦めずに反撃に出る、というのが後半の展開である。「田舎者ふうのやり方」がどれくらいしたたかなものかを読者は思い知らされることになるだろう。 主人公のタフさを描くことを主眼とした小説に、ひさしぶりに心から拍手を送りたくなった。ある登場人物はバニーの無謀さ、諦めの悪さをこんな言葉で讃える。 「あなたはみんなを救えるわけじゃない。でもそうしようとするところは本当に好きよ」 本作は、マクドネルのデビュー長篇『平凡すぎて殺される』(創元推理文庫)の前日譚に当たる。同作は2015年が舞台で、平凡な風貌ゆえに事件に巻き込まれるついていない青年ポールと犯罪実話マニアのブリジット、そしてバニーの三人によって織り成される犯罪小説だった。話題を呼んでシリーズ化されたのだが、スピンオフとしてバニーを主人公とする物語が書かれたのである。こちらも〈バニー・マガリー〉シリーズとして次々に続篇が発表されている。物語を大河小説化させた転換点のようなもので、ここから本当の意味でマクドネルは快進撃を開始したのである。マクドネルは本作から読み始めるのがもっともはまれるのかもしれない。『平凡すぎて殺される』と続篇『有名すぎて尾行ができない』(創元推理文庫)が未読だから、と思っている方は逆にいい機会だから読んでみてもらいたい。 絶対にバニー・マガリーが好きになると思うんだよな。 (杉江松恋)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加