「産後うつがつらかった…」10人に1人が陥る“産後うつ”が奪った命 悲劇を繰り返さないため…産後ケアの利用促進が急務

赤ちゃんの命が失われた痛ましい事件。その背景には、母親の「産後うつ」があったという。 出産後の女性の多くが心身の不調に悩む中、「産後ケア」などの支援の仕組みは整いつつあるが、まだ十分に浸透しているとはいえない。大切なのは、「支援を受けることは特別なことではない」と思える環境だ。母親がひとりで抱え込まなくていい社会づくりが、いまあらためて求められている。 「“産後うつ”がつらかった」生後4カ月の息子を殺害した疑いで母親を逮捕 埼玉・戸田市で4月、生後4カ月の男の赤ちゃんとその母親が自宅から姿を消した。 室内には、母親が書いたと思われる置き手紙が残されていたことから、夫が警察に通報。 捜索の結果、JR戸田駅構内で赤ちゃんを抱いた母親を発見したが、赤ちゃんに意識はなく、その後、病院で死亡が確認された。 警察は5月7日、生後4カ月の長男を水に沈めて殺害した疑いで38歳の母親を逮捕。 調べに対し、母親は容疑を認め、「“産後うつ”がつらかった」と供述しているという。 10人に1人が産後うつの疑い こども家庭庁の調査によると、2022年度に心中を除く虐待で死亡した子どもは56人。 そのうち、0歳児が25人と最多となっている。 予期せぬ妊娠によって出産直後に放置するケースや、産後うつなどが背景にあるとされる。 出産直後は、ホルモンバランスや生活環境の急激な変化により、母親の心身が不安定になりやすい時期だ。 近年では核家族化が進み、家族や親戚などからの支援が受けられず、孤立するケースも多い。 出産直後の母親の約10人に1人が、産後うつのリスクが高い状態にあるとされる。 「産後ケア」普及進むも利用率は1割程度 育児中の母親を支援するため、「産後ケア」事業が全国の自治体で展開されている。 現在、宿泊型・通所型・訪問型の3タイプがあり、9割を超える自治体で制度の導入が進んでいる。 しかし、2022年度の利用率は全体の1割程度にとどまっている。 制度が整備されつつある一方で、実際の利用には高いハードルがあるのが現状だ。 利用が進まない理由――経済的・心理的要因 利用が進まない主な理由には、以下のようなものがあるという。 ・自己負担が生じる自治体もあり、費用面でのハードルが高い ・産後ケアは「誰もが利用できるサービス」と位置づけが見直されたものの、依然として「不調のある人向け」というイメージが根強く、利用への心理的な抵抗が残っている ・男性の育休取得が進む中、「夫がサポートしてくれているのに、自分だけ支援を受けるのは申し訳ない」と感じる母親も少なくない 東京・葛飾区の産後ケア専門施設「綾瀬産後ケア」でマネージャーを務める渡邊舜心氏は、産後ケアの本質は「休息の提供」にあると指摘する。 母親が心身を回復することで初めて、授乳や育児への前向きな関わりが可能になるという。 また、男性の育児参加が進む中、父親も母親とほぼ同じ水準で産後うつになるリスクがあるとする国の研究班による研究結果も明らかになっている。 こうしたことから、渡邊マネージャーは「母親が子どもと一緒に産後ケア施設に入ることで、その間、父親にも心身の余裕が生まれる」として、産後ケアは父親支援の面でも重要だと強調する。 制度拡充と一部自治体での無償化 政府は産後うつを防ごうと、2021年度から産後ケア事業を市町村の「努力義務」とし、全国的な導入を促進。 2025年度からは都道府県による財政負担も導入され、提供体制の強化が進められている。 また、寝返りを打つようになると事故のリスクが高まり、見守りに手間がかかるため、「生後4カ月以上」の赤ちゃんを受け入れていない施設が多い。こうした現状をふまえ、4カ月以上の子どもを預かる施設には追加で費用を補助するなど、より多くの人が産後ケアを利用できるよう制度の拡充が進められている。 利用料や利用可能日数は自治体によって異なるが、東京・葛飾区では2024年度から無償化を実施。 宿泊型ケアでも最大6泊7日まで、原則無料で利用できる体制を整えている。 母親を支える社会へ――制度と意識の両面から 産後ケアが「特別な支援」ではなく、「誰もが受けられる当然のケア」として社会に根づけば、育児で孤立する母親の数を大幅に減らすことが可能になるはずだ。 今回のような悲劇は、本来であれば防げた可能性がある。 制度の整備とともに、「支援を求めることは恥ずかしいことではない」、「休むことは必要なことだ」という社会的理解を広げていくことが急務となっている。

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