特殊詐欺、いわゆる「オレオレ詐欺」が発展し、それを行っていた集団が「トクリュウ」と呼ばれるようになった昨今、その被害額は2600億円を超え、過去最悪の水準に達している。詐欺電話をかける「掛け子」、ATMから金を引き出す「出し子」、被害者から現金を直接回収する「受け子」――そうした末端の実働犯が逮捕されるニュースは絶えないが、肝心の首謀者の姿はいっこうに見えてこない。いったい誰が仕組んでいるのか。ぼんやりと日本の裏社会の仕業だろうなと思い込んでいた私にとって、特殊詐欺の黒幕の一つは、海を越えた台湾の黒社会「街頭」だという本書の告発はちょっとした衝撃だった。 著者は実際に闇バイトに応募し、台湾の詐欺拠点に潜入取材を試みており、街頭の幹部へのインタビューを筆頭に詐欺の全貌を克明に描き出している。特殊詐欺に加担するグループが100を超えるという街頭は、インターネット上で日本人の若者をリクルートし、台湾へ渡航させると、日本の高齢者および高額預金者をターゲットに、週休2日制の“勤務”で数カ月にわたって電話をかけさせ、巨額の金をだまし取る。名簿やスクリプトは日本の裏社会と連携して調達し、金の運搬や回収も闇バイトの日本人に担わせてマネーロンダリングを行う。台湾の理工系学生やプログラマーを雇い、偽造パスポートやハッキングといった高度なIT技術を駆使して当局の目をかいくぐる様は、洗練された犯罪産業というほかない。 AI生成の偽著名人画像を使ったSNS上の投資詐欺も、街頭が仕掛けたものだというから驚く。著名人を騙る広告が氾濫し、画像を使われた本人たちが運営会社を訴える事態にまで発展したが、その背後にはこの組織の影があった。 覚醒剤製造や日本人女性の海外売春斡旋にも手を伸ばす彼らは、笑いが止まらないほど特殊詐欺が儲かりすぎるため他に手が回らないとうそぶく。当初は中国人を標的にしていたものの、より騙しやすいとして日本人高齢者に照準を移した。拠点も現在ではカンボジアやミャンマーに分散し、現地マフィアと連携しながら、より広域的な犯罪を展開しているという。 読後に残るのは、憤りというより、どこか取り返しのつかない喪失感なのはなぜなのか。 金に詰まった日本の若者が“加害者”として安易に海外へ渡り、日本の高齢者が“被害者”として必死に貯めた老後の資金を奪われる。しかしそれを裏で仕組み、巨万の富を吸い上げているのは海外のマフィアなのだ。その構図の中に、日本社会の静かな崩壊の予兆すら感じられる。人を疑うことよりも、信じることを良しとする文化の中で育まれた日本人の“美質”は、いまやグローバルな犯罪者たちの食い物となっているのかもしれない。 はなだとしひこ/東京都生まれ。週刊誌記者を経てフリーライターに。アンダーグラウンドの世界を中心に、取材執筆活動を続ける。著書に『西成で生きる この街に生きる14人の素顔』『大阪 裏の歩き方』がある。 しんじょうこう/1983年生まれ。2012年「狭小邸宅」ですばる文学賞を受賞。近著に『地面師たち ファイナル・ベッツ』など。