暗号資産で富を築いた人たちは今、自身や家族の命を狙われるという深刻なリスクに直面している。ここ数カ月の間で暴行や誘拐、恐喝などの事件が相次ぎ、この分野の富豪を震え上がらせている。これを受けて、多くの人々が暗号資産のセルフカストディ(自己保管)の本当のコストや、現在のセキュリティ体制の限界を見直すようになっている。 ■暴行・強盗・誘拐――人的脅威がセキュリティ体制の抜け穴に このような危険が、決定的に明らかになったのは今年5月で、パリでのことだった。ある暗号資産起業家の父親が犬の散歩中に拉致されて指を切断され、起業家にその指と身代金を要求する動画が送られた。その後、父親はフランス警察により救出され、複数の容疑者が逮捕された。その数日後には、同じくパリで取引所Paymium(ペイミアム)のピエール・ノワザCEOの娘と孫が白昼堂々誘拐されかける事件が発生した。 ニューヨークでもイタリア人男性のビットコイン資産が狙われ、17日間にわたって監禁・拷問された。男性は脱出に成功し、犯人たちは間もなく逮捕された。 この種の事件は、繰り返し起きている。1月には、暗号資産ウォレットLedger(レジャー)の共同創業者、デビッド・バランドとその妻がフランスの自宅で人質にされた。2024年には、米コネチカット州で6人の男がある夫婦を車から無理やり引きずり出した容疑で逮捕されたが、この事件は、夫婦の息子が2億4000万ドル(約350億円)相当のビットコインを盗んだことへの報復だった可能性がある。 同じ年、ニューヨークの判事は、暗号資産の保有者を狙って民家に押し入った強盗グループを率いていた容疑者に対し、懲役47年の判決を言い渡した。 暗号資産に絡む犯罪はオンラインだけでなく、リアルな世界にも広がっている。犯罪者は、ネットワークごしのハッキングだけでなく、家屋への侵入、暴行、誘拐、監禁、拷問にまで及んでいる。暗号資産の投資家はいまや「セキュリティとは何か」を根本から問い直す必要に迫られている。 ■暗号資産は、自由と自己責任のもと「秘密鍵」で管理するというテクノロジー 先に挙げたリスクは、暗号資産分野ならではの考え方、つまりは国家や銀行などによる中央管理体制を拒否し、自由と自己責任を追求するリバタリアン的な思想だけでなく、暗号資産の保有者は自分自身で秘密鍵を管理(セルフカストディ)すべきというその仕組み自体にも起因している。 暗号資産は公開鍵・秘密鍵からなる公開鍵暗号方式を基盤とし、「秘密鍵」が基本的に唯一の制御手段で、漏洩すれば資産を失う。そのため暗号資産の保有者は、暗号資産ウォレットへのアクセス権を与える英数文字列の秘密鍵を銀行や裁判所の手の届かない場所で保管している。そして、これらの文字列はたった24語のシードフレーズで数千億円に相当する資産をも動かせる一方、ひとたび紛失や流出という事態になると、損害を取り戻す手段はない。 こういった考え方や仕組みのため、悪意のある者による直接的な暴力によって命や財産が狙われるという、深刻な脆弱性が生まれている。暗号資産の保有者がネット上のセキュリティ意識を高める一方で、犯罪者たちは物理的な襲撃に打って出るようになった。つまり、暗号資産の富豪がネットワークごしのセキュリティを強化し賢く立ち回るほど、犯人たちはオフラインに向かうのだ。 さらに、一部の暗号資産支持者は自ら進んで目立とうとしがちなため、SNSがこのリスクを増幅する。また、暗号資産のトランザクション(取引履歴)は原則としてブロックチェーン上で公開されており、匿名性が限定的な仕組みだ。暗号資産の送金先・受取先を示す識別子(ウォレットアドレス)と実名などの個人情報を結び付けることができれば、一般的な保有者の資産額も可視化され、追跡可能なため、最終的には誰でも犯罪者の標的になりうる。