●はじめに 岡本有佳【記者/編集者】 韓国のユン・ソンニョル大統領が非常戒厳令を宣布した2024年12月3日の夜から、毎日情報を集めていた。現地で何が起きているのか、どんな雰囲気なのか、友人たちはどうしているだろうか…と。韓国市民は200万人規模のデモを重ね、大統領弾劾(だんがい)を実現した。今年6月の政権交代、7月のユン前大統領の再逮捕、そして8月12日にはキム・ゴンヒ前大統領夫人の逮捕というニュースが飛び込んできた。 しかし、日本の報道、とりわけテレビには、ユン政権が韓国国内でどのような政策を行ってきたのかという視点が、ほぼ欠けていた。それがわからなければ、なぜユン・ソンニョル大統領が非常戒厳を宣布するまでに至ったのか、なぜあれほど多くの韓国の市民が憤り立ち上がったのかを、理解するのは難しい。 今年4月に韓国で公開された映画『非常戒厳前夜』が、日本でも9月6日からポレポレ東中野で緊急公開、27日からは大阪・第七藝術劇場ほかで全国順次公開されることになった。ユン・ソンニョル政権が行った公共放送を中心とする言論弾圧の中で、とりわけターゲットになった「ニュース打破(タパ)」への攻撃と弾圧、それに対抗したジャーナリストたちの闘いの生々しい実態を映したドキュメンタリーだ。 製作したのは韓国の独立メディア「ニュース打破」。イ・ミョンバク政権下のメディア弾圧でKBSやMBCといった韓国の公共放送を不当解雇されたり、辞職したジャーナリストが中心として立ち上げた調査報道専門のメディアで、報道の独立性を確保するため企業広告をとらず、現在約6万人の会員の支援で運営されている。日本でも、イ・ミョンバクとパク・クネ政権のメディア介入の実態を描いた『共犯者たち』(2017年)、KCIAと国家情報院による北朝鮮スパイ捏造(ねつぞう)事件に迫った『スパイネーション/自白』(2016年)というニュース打破が製作した2本のドキュメンタリー映画が2018年に劇場公開され話題になった。 映画『非常戒厳前夜』の日本公開を前に、2013年から2025年2月までニュース打破の代表を務めた、本作のキム・ヨンジン監督に話を伺った。