タイ映画界を代表する人気監督の最新作は、美味しい料理を作る女性シェフが主人公の異色の復讐劇だ。コンペティション作品「死のキッチン」のペンエーグ・ラッタナルアーン監督、俳優のベラ・ブンセーンに話を聞いた。 【「死のキッチン」あらすじ・概要】 地方のムスリム社会から追放され、ひとりで都会に出てきたサオは、得意な調理の技術を生かし、バンコクの高級レストランのシェフとして充実した日々を送っていた。そのサオの前に、過去にサオの心身を傷つけた男が現れる。サオは自分のことを認識していない男に接近し、料理の技術を用いて復讐することを企てる……。 ――とても独創的な脚本で、復讐の物語ではありますが、愛のようなものも感じ、登場人物ふたりの関係の最後に驚かされました。まずはこの物語の着想について教えてください。 ペンエーグ・ラッタナルアーン監督:とある女性が、長い時間をかけて少量の毒を毎日夫の食事の中に入れて夫を殺害した。そういった実在の事件が、大きなニュースになって、そこからアイデアを得ました。犯行がバレてしまった奥さんは刑務所に入れられてしまったそうなのですが、夫を恨んでいた奥さんは、本物の毒を盛るなんて間違った方法をとってしまったのでは?と私は思ったのです。 私はダークなアイデアが好きなので、毒を用いずに殺害するには、どんな方法があるのか……と考えます。私の友人のシェフは、本当の毒を使ったから彼女は逮捕されてしまったけれど、私たちにとっての美味しいものが、毒のようなもので体に良いものばかりではないと、教えてくれたのです。 ――ベラさんは自分を傷つけた男への静かな憎しみ、そして料理への情熱という、複雑な感情を秘めたサオという女性を見事に体現していました。また、調理のシーンもご自身で担当されていますね。 ベラ・ブンセーン:脚本をいただいて、これをすべて私が演じるんですか? そんな驚きが最初の私の感情でした。調理のシーンに関しては、実際の撮影に入る数カ月前から、ワークショップのような場で料理を学びました。そして、実際のレストランの厨房にも入って、スタッフの皆さんが忙しく仕事をしている中、シェフを演じる自分はどうやって立ち振る舞うか、そしてプロの調理の仕方も勉強できました。 ――映画を観た後に、タイ料理屋さんに行きたくなるほど美味しそうな料理が次から次へと出てきます。監督のお気に入りのメニューだったのでしょうか? ラッタナルアーン監督:そうですね、全部大好きです(笑)。ただ、映画の中に出てくるメニューはタイ人が見たら日常的なものです。それぞれのメニューは、料理のアドバイザーが決めてくれたのですが、登場人物の星座を基に、こういう性格だから、これを食べ続ければ……など、私が知らなかったそんな説明もありました。 ――世界的な撮影監督クリストファー・ドイルが参加し、その独特な映像表現も楽しめる作品です。田舎の村、都会の洗練されたレストランなど、様々なシチュエーションで撮影していますね。 ラッタナルアーン監督:彼は、まずは脚本を読んで、さまざまな提案をしてくれます。しかし、本当の仕事のスタートはロケハンからで、事前にこんなふうに撮ってほしいと参照の写真を渡したりするのは、彼との間では通用しないのです。大体撮影に入る1カ月前くらいからロケハンに行って、彼がそこで短いクリップを撮ってくれるので、その後照明や俳優の動きなど具体的なディスカッションをしていく、そんな流れで進めていきます。 ――私たちがよく知る日本人俳優の浅野忠信さんが、思いもよらない役柄で登場します。 ラッタナルアーン監督:クリストファー(・ドイル)と同様、浅野さんも昔からの私の親しい友人で、タイに来てくれたら必ず一緒に食事をする間柄です。ちょうど北野武監督の作品を撮っていた頃だったのですが、3日間だけお休みがあったそうで、タイに飛んできてくれてその2日間でこの映画の撮影をお願いしたのです。 第38回東京国際映画祭は11月5日まで、日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区で開催。チケットは公式HPオンラインチケットサイトで発売中。