「ざまあみろと思われたくない」殺人現場を26年間保存した“夫の執念”…今の中の状況は?元刑事が検証

26年前、名古屋市西区のアパートで高羽奈美子さん(当時32歳)が殺害された事件で、10月31日に安福久美子容疑者(69)が逮捕された。 2025年9月、ABEMA的ニュースショーは元徳島県警捜査1課警部の秋山博康氏と、26年前に起きた殺害現場に向かった。現場は名古屋市西区の3階建てのアパートだ。 「自分が今まで現場検証した経験もあるし、自分が殺人現場でどのように検証するか。現場というのは証拠の宝庫。絶対にいろいろな証拠がある」(秋山氏) 被害者の夫、高羽悟さんは、結婚して4年後の1999年11月13日、アパートの部屋で何者かに妻を殺害された。あれから26年、今もなお、殺害された現場をそのままの状態で保存していた。 事件は1999年11月13日午後2時過ぎ。妻・奈美子さんが血まみれで倒れているのを、偶然訪れたアパートの大家が発見し通報した。奈美子さんは首を刺され、32歳の若さで死亡した。凶器は自宅にあった包丁ではなく、犯人が持参したものとみられているが、見つかっていない。 犯人は犯行後、物色した形跡はなく、そのまま逃走した。当時2歳だった長男は無事だった。夫の悟さんは仕事で不在だった。1999年11月13日から、現場となったこの部屋の時間は止まったままだ。 悟さんは何度も片付けようとしたが進まなかった。「片付けないといけないと思っても、ここに来て30分いても何一つ、奈美子の手帳とかいろいろなもので、こういうことやっていたんだなと思うと、全然片付けられなくて。読んだだけで……」。 部屋には予定が書き込まれたカレンダーも残されている。事件が起きた11月13日以降の予定は実現されることはなかった。 部屋には血痕が残っていたが、すべて妻の血痕だと思っていた。しかし事件から3年後、事件の専門家から犯人の可能性を指摘された。 「(警察は)『例え、旦那さんとはいえ、犯人しか知り得ない情報だから言えません。ごめんなさい』みたいな。もっと知らないことがあるかもしれない」(悟さん) 自分の知らない証拠がまだこの部屋に残っているのではないかと考え、保存の目標が決まった。この部屋を残すことで事件の風化を防ぐこと。そして犯人が捕まったとき、この部屋で現場検証することだ。支払った家賃は26年であわせて2,200万円を超えていた。 この取材の2カ月後、その願いが叶うことになるとは思いもよらなかった。それだけ現場に残された容疑者特定につながる証拠や不審者の目撃情報は極端に少なかったためだ。 容疑者の似顔絵もごくわずかの目撃情報を頼りに描かれたものだった。しかも似顔絵が公開されたのは2015年のこと。事件発生から16年が経過し、『これで探してください』というのは、呼びかける側も頼まれる側も厳しいことはわかっていた。ただ、これしか情報がなかった。 それでも自宅には動かぬ証拠が残されていた。秋山氏は事件から26年目の現場検証を行った。玄関先には、警察関係者や救急隊員とは異なる足跡があった。サイズは24センチ、シューズは韓国製で女性用と判明した。そして血痕は、妻・奈美子さんとは違うB型だった。 「ここでしばらく立っていたらボトボト落ちた。血餅といって、ここで血がたまっている状態だった」(秋山氏) DNAは重要な証拠だが、データベースに登録がなければ容疑者の特定には至らない。当時のDNA鑑定による捜査は今ほど確立されておらず、事件が長期化したという指摘もある。 「犯人のゲソ(足跡)はこの(部屋の)中はない?」と秋山氏が尋ねると、悟さんは「中は私、拭いたけどない。廊下だけ」と答えた。そして秋山氏は「(犯人は)一気に来ている」と分析した。 「侵入して、そこに土足のまま。入った時には、たぶんすでに刃物を構えていた。出てきた時にいきなり入って、いきなり攻撃にかかった」(秋山氏) さらに、悟さんは洗面所を案内してくれた。「ここで手を洗った跡があった。血がこのへんでたらーっと……」。これを見た秋山氏は「そうとう切っている。血だまりからすると、そうとう血が……本人も刃物で切ったんだろうな」と推測した。 悟さんは、部屋の入り口付近で「首の動脈か静脈か、刺されたのがこの辺じゃないか」と明かす。「ここでうつ伏せ、顔は右。左のおでこにコブができていた。静脈とか動脈の大きな血管を切られたら血がばっと出るから……すぐに血圧が下がるから、バタンと昏倒したんじゃないか。その時のコブじゃないかと」。 犯人は自らの手を凶器で負傷したとみられ、その血痕は逃走したとみられる地面に点在していたという。悟さんは何度もこの道を辿って歩いた。そして、手を押さえながら道路を横切る女性をドライバーが目撃していた。血痕を辿ると、自宅からおよそ500メートル離れた公園の水道付近で途切れていたという。この公園の水道で血を洗ったと考えられている。 「だけど、なぜわからないのかが不思議……」(悟さん) 警察犬の捜索も行われたというが、その後の足取りはわかっていない。防犯カメラも当時この付近にはほとんどなかったという。 妻・奈美子さんは松田聖子の熱烈なファンだった。カラオケの定番は聖子ちゃんメドレー。東京自由が丘にあった松田聖子の店まで押しかけるほどだった。知り合ったのは勤務先の大手ハウスメーカーで、社内結婚だった。 「結構古風なほうだった。会社でも上からの人に好かれるような。最初びっくりしたのは、廊下ですれ違うと、立ち止まって挨拶するので」(悟さん) 結婚2年目、長男の航平さんが誕生した。出産後、我が子へのメッセージには「元気に産まれてきてくれて本当にありがとう。航平くんに会えてとても嬉しいよ」と書かれていた。日記には「はじめて笑った」「顔をじっと見つめてよく笑ってくれるようになってますます可愛くなってきた」、そして「本当に大変な一年だったどすくすく育ってくれてとても嬉しいよ。あなたの成長がとても楽しみです」といった言葉が残されている。 26年間、有力な手がかりも情報もほとんどないまま、悟さんは諦めずに活動を続けてきた。容疑者が逃走中の事件の場合、報復を防ぎ、普段の生活を送るために遺族が身元を伏せることが多い中、なぜ自らの名前も顔も公にしてきたのか。 「私が泣いているところを撮ると犯人が喜ぶだけ。犯人は絶対に(報道を)見ると思ったので、当時。絶対に『ざまあみろ』と思われたくないので。訴えるなら本当に顔を出してどんな批判もリスクも負う覚悟でやらないといけないと思うタイプ」(悟さん) 捜査員とのやり取りについては「今は本当に月に1回ほどのペースでわざわざ来てもらって。会社の当時の古い組織表だとか。『この人を知らないか?』とか」と語った。 この事件は取材から2ヶ月後、急展開を迎えた。逮捕された安福容疑者は、悟さんの高校時代の同級生というまさかの結末だった。DNA鑑定で一致。犯行については認めているという。 ではなぜ26年経った今、出頭したのだろうか。実は今年に入り、安福容疑者が捜査線上に浮上し、警察は複数回、話を聞いていたことがわかった。しかしDNA型の求めに提出を拒否していたが、先月になり応じたという。 「驚きました。どちらかというと暗いっぽい、大人しい女性だったので。人を殺せるようには見えない。同級会で20人弱だったかな……。『私結婚したけど一生懸命仕事もやっていて大変』と言っていた。向こうから声かけしてくれるって、明るくなって良かったみたいな。『そうなんだね、大変だね、頑張ってね』みたいな会話をしただけ。その後何の連絡もない」(悟さん) 26年間保存された部屋は、楽しかった思い出と辛く凄惨な現実を今も伝え続けている。止まったままの時計の針は動くのだろうか。 (『ABEMA的ニュースショー』より)

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