中国籍「暗号資産の女王」に禁錮11年超 逃亡先の英で豪邸住まい、押収額は「世界最大規模」

トニー・ハン記者(BBCグローバル・チャイナ・ユニット) 英ロンドンのサザーク刑事法院は11日、マネーロンダリング(資金洗浄)などの罪に問われた中国籍の被告に禁錮11年8カ月の実刑判決を言い渡した。 サリー=アン・ヘイルズ判事は、銭志敏被告(47)に対し、「あなたはこの犯行を最初から最後まで、自分で仕組んだ(中略)あなたの動機は純粋な強欲だった」と述べた。 警察によると、銭被告は中国で大勢の年金受給者から盗んだ資金を使い、時価総額数十億ポンド相当の暗号資産を購入していた。 イギリスのメディアなどに「クリプトクイーン(暗号資産の女王)」と呼ばれるようになった銭被告は、中国から逃亡後、ロンドン北部ハムステッドの豪邸に移り住んだ。1年後、ロンドン警視庁がその豪邸を捜索し、世界最大規模とされる暗号資産を押収した。 ロンドン警視庁の発表によると、銭被告は2014年から2017年にかけて中国で大規模な詐欺を主導。ハイテク健康製品の開発と暗号資産の採掘を行っていると主張する同被告の会社に、12万8000人以上の中国人が投資した。しかし実際には、銭被告が資金を横領し、ビットコイン資産として保管していた。 投資家らはBBCワールドサービスに対し、イギリス当局から少なくとも一部の資金を取り戻したいと話した。こうした事件の未請求資産は通常、そのままだとイギリス政府の資産となるため、財務省が押収資産の一部を得るかもしれないとの憶測も出ている。 被害者の一人のユー氏(仮名)はBBCに対し、「すべての証拠を集めることができれば、イギリス政府、検察庁、高等法院が慈悲を示してくれると期待している」と話した。ユー氏は、この詐欺の結果として結婚が破綻したと語った。 「私たちが失ったものを少しでも取り戻せるとするなら、それは押収されたビットコイン資産だけ」なのだという。 ■イギリスでは豪邸に住み、「寝ながら金持ち」に 銭被告は2017年、中国当局の捜査着手を機に、偽造パスポートを使ってイギリスに入国した。 イギリスではハムステッド・ヒース郊外の家を借りて暮らしていた。毎月の家賃が1万7000ポンド(約345万円)以上という邸宅で、この家賃を払うため、同被告はビットコイン資産を使用可能な形に換える必要があった。 そこで銭被告は、骨董品やダイヤモンドを相続した富豪を装い、テイクアウト・レストランの元従業員を個人秘書として雇った。調べによると、被告はこの秘書に対し、暗号資産を現金や不動産といった他の資産に換えるよう依頼したことが明らかになっている。 ビットコインの価値が急騰する中、銭被告は、自分の会社が投資家に約束した「寝ながら金持ちになる」というライフスタイルを実現できた。 銭被告の秘書になったジャン・ウェン被告は、自分の裁判の中で、銭被告はほとんどの日々をベッドに横たわり、ゲームやネットショッピングをして過ごしていたと証言していた。ジャン被告は昨年、銭被告の犯罪に関与していた罪で、禁錮6年8カ月の判決を受けている。 しかし、銭被告の日記によると、被告はこの間、6年かかる大胆な将来構想も練っていた。本人が書いたメモには、国際銀行の設立、スウェーデンでの城の購入、さらにはイギリスの公爵に取り入るための計画も記されていた。 さらに、2022年までには、クロアチアとセルビアの国境にある未承認のミクロ国家「リベルランド」の女王になるという目標も書かれていた。 この間、銭被告はロンドンで購入可能な住宅をウェン被告に探させていた。最終的には、人目に付きにくい場所にある大邸宅が多いことで知られるロンドン北部トッタリッジ・コモンの、特に広大な敷地を持つ物件を購入しようとした。しかし、ウェン被告が上司の収入源を説明できなかったことから、警察の捜査を招いた。 警察はハムステッドにある銭被告の賃貸物件を捜査し、数万件のビットコインが保存されているハードドライブとノートパソコンを押収した。これはイギリス史上最大の暗号資産押収とみられている。 ■紹介システム、大規模なイベント、愛国心の利用 銭被告は、この捜査のわずか4年前に中国で会社を設立し、投資家から得た資金を横領していた。「藍天格瑞(ブルースカイ・グリート)」は、投資家の資金を使って新しいビットコインを採掘(生成)するほか、先端技術を駆使したさまざまな機器に投資すると主張していた。 しかしイギリス警察は、これは巧妙な詐欺だと判断。銭被告の会社は高利益を約束することで、より多くの投資家を計画に引き込んでいたに過ぎないと考えている。 ロンドン警視庁のジョー・ライアン刑事は、「銭被告の関与について情報が増えるにつれ(中略)彼女が単なる詐欺集団の手先ではなく、実際には詐欺の首謀者だと分かった(中略)彼女は非常に賢く、頭の回転が速く、人を操るのが非常に上手で、大勢を説得できる人物だと、はっきりした」 銭被告の会社に投資したという前出のユー氏は、この会社が見かけ上の利益の一部を毎日少しずつ払っていたため、何かがおかしいとは全く疑わなかったと述べた。ユー氏に払われていた金額は、1日あたり約100元(2000円)だった。 「それで皆が本当に気分が良くなり、会社にさらに投資するために少し借金してもいいという自信さえついた」と、ユー氏は説明した。 ユー氏と妻は当初、それぞれ6万元(約130万円)を投資していた。同氏によると、2年半で利益が200%になると告げられていたという。2人はすぐに、追加投資をするため、金利が最大8%の、数千ポンド相当のローンを組むようになった。 さらにユー氏は、毎日の配当を受け取るとすぐに会社に再投資していたという。 「利益を再投資しなくてはならない決まりはなかったが、私たちはただ抵抗できなかったのだと思う。彼らは私たちの夢を膨らませ続けた(中略)私たちが完全に自制心を失い、批判的な判断力を失うまで」 藍天格瑞では、新しい投資者を紹介するごとに、紹介元の人物の配当が上乗せされるシステムを採用していた。中国で行われた同社の公式プロモーターに対する裁判の資料によると、このシステムを通じて、銭被告の詐欺行為は中国のすべての省に広がり、被害者は約12万人に及んだ。英検察当局が確認したところ、その預託金は総額で400億元(約8700億円)を超えていた。 後に元社員が証言したところによると、投資家たちに日々払っていた配当金の資金源は暗号資産のマイニングの分配金ではなく、新規投資家たちから得た投資資金だった。 藍天格瑞のマーケティングは、中国の中高年層の多くが抱える孤独感を利用していた。銭被告は社会的責任について詩を書き、その中には「初恋のような情熱で高齢者を愛さなくてはならない」といった一節があった。 同社はまた、既存および潜在的な投資家向けに大規模な旅行や宴会を開催した。こうしたイベントは追加の投資機会を宣伝するために利用され、スライドショーやカード決済端末が準備されていた。 藍天格瑞はさらに、愛国心を強調し、高齢者層に訴えるための別の策略を取った。 「私たちの愛国心が弱点だった。それを彼らは利用した」と、60代のユー氏は語った。「彼らは中国を世界一にしたいと言っていた」。 同社が招いたスピーカーの中には、故毛沢東主席の義理の息子も含まれていたと、ユー氏は述べた。 「私たちの世代は皆、毛主席を尊敬していた。だから、その義理の息子が保証しているなら、信じないということにはならない」 藍天格瑞は、中国の立法機関が集まる人民大会堂でイベントを開催したと、イベントに参加した投資家の一人と、取材に応じた別の2人が証言した。 「その連中(プロモーター)は、赤いものを白だと説得し、黒いものを赤だと信じ込ませるような人たちだった」とユー氏は語った。 これほど高い知名度を持つ企業を率いていたにもかかわらず、銭被告は極めて秘密主義で、顧客には「花花」としてしか知られておらず、主にブログに投稿した詩を通じて、投資家らとやり取りしていた。 しかし、少なくとも600万元(約1億3000万円)を投資した最上級の投資家の前には姿を現し、より親密なイベントに招待していたと、こうした顧客の一人だったリー氏は証言した。 「その場にいた私たちは、いわば有名人に会ったような気分だった」とリー氏は振り返った。 「私たちは皆、彼女を『富の女神』だと思っていた」 「彼女は私たちに大きな夢を持つよう促し始めた(中略)3年以内に、家族3世代分の富を与えると言っていた」 リー氏と妻、そして兄は、合わせて約1000万元を投資した。 ■終わりの始まり 中国警察は、2017年半ばに藍天格瑞の捜査を開始した。これが、銭被告の計画の終わりの始まりとなった。 「支払いは突然止まった」と、ユー氏は振り返った。「会社は、警察がいくつかの確認をしていると言った(中略)ただ、すぐに支払いが再開されると約束された」 投資家たちは当初は冷静さを保っていた。これは一時的な不具合に過ぎないと会社の幹部が安心させ、警察に接触しないよう促したからだと、ユー氏は語った。 しかしその後、ユー氏は中国での裁判を通じ、銭被告が投資家を安心させるために幹部に金を渡し、その間に資金を持ってイギリスに逃亡したことを知った。 銭被告は、投資家の窮状を完全に無視していたわけではなかった。同被告の日記には、ビットコインの価格が1枚あたり5万ポンド(約1000万円)に達し次第、中国での負債を返済する計画が記されていた。しかしその日記には、自分の優先事項はリベルランドを統治し発展させることで、このプロジェクトに数百万ポンドを充てたいとも明記されていた。 10日に始まった量刑審理では、昨年4月にイングランド北部ヨークの住宅で銭被告が逮捕された際、警察はほかに4人を発見していたことが明らかになった。この4人は同被告のために買い物や掃除、警備などの役割で働く目的でイギリスに連れて来られ、違法に雇用されていたという。 逮捕時、銭被告はすべての容疑を否認し、自分は中国政府による暗号資産起業家への取り締まりから逃れているだけだと主張。中国警察が提示した証拠に異議を唱えた。しかし今年9月の裁判では予想外にも、暗号資産を違法に取得・保有した罪を認めた。 量刑が言い渡されると、銭被告の弁護士は声明を発表し、同被告を「ビットコインの先駆者」と評した。さらに、同被告は有罪判決を受け入れたものの、「詐欺を意図したことはない」と主張。その一方、「自分の投資スキームが詐欺的で、自分を信頼した人々を誤導したことを認識している」と述べた。 ■押収された暗号資産はどうなるのか 量刑言い渡しの前、前述のリー氏はBBCに対し、銭被告の有罪答弁が被害者に「一筋の光明」をもたらしたと述べた。 銭被告がイギリスに持ち込んだ暗号資産は、到着以来、価値が20倍以上にふくらんでいる。その処分は、来年にも本格的に始まる予定の、民事の「犯罪収益」訴訟で決まることになっている。 被害者を代表する2カ所の法律事務所の弁護士らによると、この訴訟で請求を行う予定の中国人投資家は数千人に上るという。しかし、これは容易なことではないと、そのうちの1人で匿名を希望した中国人弁護士は語った。投資家は請求を立証する必要があるが、多くの場合、資金は直接、銭被告の会社に送金されたのではなく、現地のプロモーターの口座に送られ、その後、資金が上層に渡っていた。 被害者らが勝訴した場合、元本のみを受け取るのか、それともビットコインのその後の値上がりを反映したふくらんだ額を受け取るのかは明らかになっていない。 他の「犯罪収益」事件と同様、この手続き後に残った資金は通常、イギリス政府に帰属する。BBCは英財務省に対し、残余資金の使途について尋ねたが、回答はなかった。 一方、イギリスの検察庁は先月、民事訴訟で代理人を持たない人々に対する補償制度を検討していると述べた。BBCは、この代替制度に必要な証拠の水準について検察庁に尋ねたが、現時点では詳細を共有できないとの回答があった。 ユー氏は妻と共に投資していたが、その負担は金銭面だけでなく、個人的にも大きなものだった。ユー氏はこれをきっかけに離婚し、息子との連絡もほとんどなくなったとBBCに話した。 それでもユー氏は、自分は比較的幸運だと考えている。取材に応じた弁護士の一人によると、銭被告の投資家の多くは食料や薬を買う資金さえ、手元に残らなかったという。 ユー氏はそうした人物の一人を知っていた。天津出身のこの女性は、治療費を払えなくなり病院を退院した後、乳がんで亡くなったという。 「彼女は死の淵にあり、私が文章を書けることを知っていたので、最悪の場合に備えて自分のために弔辞を書いてほしいと頼まれた」と、ユー氏は話した。 ユー氏は約束を守り、彼女を追悼する詩を書いてインターネットに投稿した。その詩は次の一節で終わっている。 「私たちは空を支える柱になろう/導かれ、欺かれる羊ではなく/生き残った者よ、さらに努力せよ/この重大な不正を正すために」 (英語記事 Cryptoqueen who fled China for London mansion jailed over £5bn Bitcoin stash)

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