行方不明者の家族ら、苦しみのなか待ち続ける 香港高層住宅群火災

「頑張れ」 これが、チャンさん(45)が妻にかけた最後の言葉だった。 香港・大埔区の公営高層住宅群で火災が発生した直後の26日午後3時ごろ、チャンさんは妻から電話を受けた。妻はパニック状態で、自分と猫が家から出られなくなっていると訴えた。 チャンさんは急いで仕事場から自宅に向かった。自宅がある31階建ての棟の近くに到着すると、建物は炎に包まれ、黒煙を噴き上げていた。 炎はチャンさんの自宅がある棟を含む7棟に広がり、消防当局は発生から約24時間後に火災を鎮圧させた。28日朝までに、少なくとも94人の死亡が確認された。 さらに300人近くが行方不明となっている。チャンさんの妻もその一人だ。 BBCは、火災時に自宅にいなかった住民や、間一髪で逃げ出せた住民に話を聞いた。何人かはチャンさんのように、燃え続ける建物の前で、一縷(いちる)の望みを持ち続けていた。全員が、危険を知らせる警報は鳴らなかったと話した。 チャンさんは26日夜、兄弟と共に路上にとどまり、何度も消防士らに状況を尋ねた。だが、説明は得られなかった。 チャンさんによると、その間ずっと、不安と恐怖に駆られながら、妻との電話を続けた。妻は、煙がどんどん濃くなってきて、もう気絶しそうだと訴えた。 「おそらく本当に気絶したと思う」。チャンさんは27日、涙で目を赤くしながらBBC中国語に話した。「もう一度電話する勇気は、私にはない」。 最後の会話から何時間もたっていたことから、チャンさんは最悪の事態を覚悟していた。「妻は大好きだった猫と一緒に亡くなった」と、チャンさんは涙ながらに言った。家族の中で、26日に仕事にも学校にも行かなかったのは妻だけだった。 チャンさんの家族が「宏昌閣(ワン・チェン・ハウス)」に引っ越したのは10年前だった。今回の大埔区の火災で炎上した高層住宅7棟うちの、最初に燃えたとされる棟だ。チャンさんによると、自宅がある23階は火災発生からわずか10分で煙が非常に濃くなり、妻は避難経路を見つけられなくなったという。 火災の原因はまだ不明だ。だが当局は、燃えやすい資材と足場を使った改修工事が火災を拡大させ、香港で過去60年間で最悪の惨事になったとみている。 火災は、高層住宅群「宏福苑(ワン・フク・コート)」の8棟のうち7棟、計1800戸を焼いた。この高層住宅群は、香港島で富裕層が住む北部に1983年に建設されたもので、政府の補助金が使われている。 2021年の政府調査によると、居住者の約4割が65歳以上だ。 今回の火災で多くの住民が身動きが取れなくなった理由の一つが、これだとされている。高齢になるほど、素早く避難することが難しいからだ。 ファンさん(40)は、まだ母親を見つけられていない。ファンさんと両親は、海の眺めが気に入り、昨年この高層住宅に移ってきたばかりだ。火災が起きた時、ファンさんと父親は職場にいた。 ファンさんに電話をかけてきた隣人は、ファンさんの母親と一緒にトイレに逃げ込んでいると言った。だが26日の真夜中、連絡が取れなくなった。 それでもファンさんは希望を捨てていない。「お母さんが出てきた後に何をすべきか考える」。 ファンさんによると、警察に助けを求めたところ、折り返し電話があった。警察から、母親がどうにか逃げ出した可能性はないのかと聞かれ、彼女は激怒した。 そんな可能性がどうしてあるのかと聞き返し、ファンさんはこう言ったという。「宏昌閣がどれほどひどく焼けたか、あなたたちの方がよく知っているでしょう!」 ソーシャルメディアでは、行方がわからなくなっている高齢の親族や子ども、ペットに関する投稿が次々と現れ続けている。 焦りに駆られた母親は、「まだ娘が見つからない。30時間近くたつのに消防から説明がまったくない……」と書いた。 この母親はその後、「もう望みはないと思う」と投稿した。 今回の惨事によって、多大な費用をかけ、かつ論争の的となった宏福苑の改修工事が注目されている。総費用は約3億3000万香港ドル(約66億2700万円)で、各世帯が16万〜18万香港ドルを負担している。 多くの住民が費用を理由に反対したが、工事は進められた。当局は今回の件で、建設会社の幹部3人を「重大な過失」の疑いで逮捕した。警察は、足場に使用された網とビニールシートが基準を満たしていなかったほか、窓が可燃性の高い発泡スチロールで覆われていたとしている。 長年この高層住宅で暮らす「チャンおばあさん」(72)は、改修工事が昨年始まって以来、その規模と、時々焦げ臭いにおいがすることに恐怖を感じていたと話す。娘に、「家にいたら何か起こるだろうか」と聞いたこともあったという。 チャンおばあさんは火災発生時、自宅に一人でいた。韓国を旅行中の娘から電話があり、火事について初めて知った。娘から逃げるように言われ、そのおかげで助かったと話す。 「ウーおばあさん」(82)も同じだ。火災が起きた時、彼女は隣人らと麻雀をしていた。そこにいたみんなが火災を知ったのは警報ではなく、夫たちからの電話だったという。 しかし、火災が発生した宏昌閣と彼女たちの棟は3棟離れていたことから、ウーさんたちは麻雀を続けた。その後、再び電話があり、ウーさんたちの棟にも火が広がったと言われた。女性たちはすぐにエレベーターに乗り、1階に下りたという。 建物が燃える臭いに包まれながらウーさんが見上げると、宏福苑の全8棟のうち7棟が炎に包まれていたという。 ウーさんは無事だったが、ヘルパーと共に一晩、屋外で過ごした。息子から自分の家に来るよう言われたが、彼女はそれを拒んだという。 「ここで42年間暮らしてきた」とウーさんは言う。「息子には来ないよう伝えた。私はどこにも行かない。ここに座って、どうなるのか見なくてはならない。火が消えないことには心が安らぐことはない」。 鎮火しても、住民にとっては新たな闘いが始まる。多くの人たちは、生涯の貯蓄を注ぎ込んでここの住宅を購入した。 カイル・ホーさん(32)は、退職した両親と共に3年前に宏福苑に移り住んだ。購入に当たっては補助金が出たが、それでもローンを組まなくてはならなかった。いま、これからどうなるのかわからないと話す。 香港政府は、住む場所を失った各世帯に対する1万香港ドルの現金支援と、総額3億香港ドルの支援基金の設置を発表した。ホーさんにとって、多少の救いとなるかもしれない。 「最悪のシナリオは、住む家を失うことだ」とホーさんは言う。「けれど一番大事なのは、私たち全員が安全なことだ。私たちは他の多くの家族より幸運だ」。 当局が救助の可能性を排除していないと主張する中、チャンさんたちは待ち続けている。当局は27日、「私たちは諦めていない」と述べた。 チャンさんも妻を見つけ出す決意を固めている。「妻を救い出したい。生きていようが、亡くなっていようが」。 (英語記事 'Hang in there': Agonising wait for the missing after Hong Kong blaze)

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