〈アメリカはどうなるのか〉内田樹

アメリカの先行きが見えない。この原稿を書いている時点から誌面に載るまでの数日の間にさえ、何が起きるか予測が立たない。今はまだトランプの暴政に対して、合衆国の憲法と理想を守りたいと願う人たちが立ち上がり始めた段階である。この動きが全国に広がって、巨大な「反トランプ」のうねりが生まれるのか、それともその機先を制して、トランプが州兵を「私兵」として使って、自分に抵抗する政治家や司法官を逮捕拘禁するのか、どちらが先になるかわからない。 すでにトランプはワシントンDCをはじめ、民主党が知事である州に「治安悪化」という名目で州兵を派遣している。いずれ反トランプ派の知事や判事や議員を「州内での治安の悪化を看過、煽動している」という罪状で逮捕するつもりだろう。 トランプの発令する大統領令の違法性を指摘していたサウスカロライナ州の判事の家が、爆発炎上したという事件が起きた。この判事は反トランプ派つぶし戦略の中心にいるスティーブン・ミラー次席補佐官から「国内テロリスト」と呼ばれて批判されていた人である。次席補佐官が「犬笛」を吹いているのである。ホワイトハウスの「お墨付き」があるのだから、これに類似した暴力はこれから各地で起きるだろう。 現時点では、トランプの方が先手を取っている。「まさか、こんなことまではしないだろう」という常識の意表を衝いて、憲法と法律を無視した大統領令を乱発して、独裁者の足場を着実に固めている。これに対する効果的なカウンターはあり得るのか、あるとしたらどういう形態を採るのか。 世界中が「アメリカは内戦に向かうのか」という問いをまっすぐに見つめている。だが、日本のメディアはこのトピックについて、反応がひどく鈍い。事態を報道し、分析する能力がないのか、アメリカの政情に対しては永田町の政局ほどには興味が持てないのか、あるいはその両方なのか。 私はアメリカがどう瓦解するのか(あるいはどう復興するのか)に興味がある。属国日本の「宗主国」の出来事である。風向き次第では、日本の国のかたちも変わる。 たとえば、カリフォルニア州やテキサス州が連邦政府のやり方には服すことができないと言ってアメリカ合衆国から「脱盟」して、独立した場合に、日本はどう対応するのか。これを認めるのか、認めないのか。 カリフォルニア州が独立すると、人口4000万人、GDP世界第4位の「大国」が生まれる。テキサス州は人口3000万人、GDP世界8位である。 ホワイトハウスはもちろん脱盟を認めないだろう(1869年に最高裁は「州の脱盟は違憲」という判決を出している)。となると、これは「独立」ではなく、「反乱」だということになる(リンカーンはそう判断した)。軍事的に鎮圧しなければならない。映画『シビル・ウォー』が描いたままの内戦が始まる。 軍と連邦政府の間に齟齬が生じている。ヘグセス「戦争省」長官は先日、全将軍たちを集めて全く無内容な訓示を行なった。目的は将軍たちに屈辱感を与え、「もう軍人を辞めよう」と思わせるためだったと思う。彼の訓示の後、ある将軍は「私たちは独裁者になりたがっている男に忠誠を誓っているのではない。合衆国憲法に忠誠を誓っているのだ」とコメントした。 ホワイトハウスはこれから「軍略のAI化」を口実に、軍人の大量解雇に踏み切るだろう。これに143万人米軍はどう反応するのか。私は知りたいのだが、誰も教えてくれない。

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