インドのゲーム市場が急成長している背景には、e-Sports市場の成長が大きく関わっていることは無視できません。 Acerが主催するe-Sports大会「Predator League 2026」が、2026年1月7~11日にインド・ニューデリーで開催されたことも記憶に新しいです。 映画音楽にも参加し、インドだけに留まらず、イギリスなどでもコンサートを行う、人気アーティスト、ニキタ・ガンディ(Nikhita Gandhi)によるテーマソング「It Lies Within」もリリースされるなど、本気度が伝わってきます。 『ポケモンユナイト』のアジア頂上決戦「Pokemon UNITE Asia Champions League 2026 FINALS」にも複数のインドチームが参加していました。 ほかにも例を挙げたらきりがないほど、今ではe-Sports市場にインドの存在は決して欠かせないものとなっていますが、実はインドにおけるe-Sports市場の確立は、決して平たんな道ではなかったのです……。 今回は、そんなe-Sports市場が確立された歴史を辿っていきます!! インドe-Sports市場の起源 2010年代後半まで、インドにおけるゲームの存在は一部の富裕層や少し余裕のある中流家庭の娯楽とみなされ、それを職業にするマインドは、ほとんど存在していませんでした。コンシューマーは、コアなゲームマニアがお金をかけてコレクションする側面が強かったからです。 そんななかでも、路面店のゲームショップで1、2世代前のものを中古で購入したり、レンタルサービスを利用するなど、ゲームファンを育てる環境が全く無かったわけではありませんし、実際にそういったゲームファンが成長し、経済成長が重なったことで、今のインドにおけるゲーム産業の基礎の一部となっていることも間違いありません。 "ゲーム"という概念を圧倒的なスピードで浸透させたのは、インターネットが普及したからですが、普及し始めたばかりの2010年代前半は、まだネット環境が整っていなかったことや、地方では家庭で使用できる電力の限界などがあったりで、ゲームパーラーやインターネットカフェ、あるいはインターネットを分単位で使用できるデジタルショップでプレイするというのが一般的でした。 そんな環境であっても、e-Sports市場自体は存在しており、2012年4月にデリーでインド・ゲーミング・カーニバル(IGC)が開催されることになります。インドのゲーム市場の未来を見越した、当時としては、ハイリスク過ぎるチャレンジだったといえるでしょう。 ……それが成功していれば良かったのですが……。 世界中から笑いものに…IGCのトラウマからの脱却 インドで大規模なトーナメントを開催するには、時期が早すぎたこともあり、スポンサーが全く付いていませんでした。ところが賞金総額30万ドルという一見不可能な金額でWTFイベンツが主催した、驚異的なイベントだったのです。 しかもその金額には、ラッパーのヨーヨー・ハニー・シン(Yo Yo Honey Singh)のステージ出演料、同時開催されたコスプレイベントの賞品代金、そして200以上の参加企業の展示スペースにかかる設備費用は含まれておらず、本当にe-Sportsトーナメントのみの賞金総額でした。 ちなにヨーヨー・ハニー・シンがMVの再生回数約8億回(2026年3月時点)を記録することにる「Blue Eyes」をリリースしたのは、2013年のことですから、アーティストを選出する目はあったようです。 このトーナメントには、『Counter-Strike』チームのモスクワ・ファイブを含む2つの国際チームも参加していました。ところが蓋を開けてみると、イベントの運営が、かなりずさんだったのです。大規模な遅延、設備が不安定で会場の電源が一時的に切断されるなどの問題が続出。挙句の果てに主催者は逃亡。IGCはインドだけでなく、世界的にもe-Sports市場の大きな汚点となったのです。 仮にIGCが成功していれば、もっと早くインドのゲーム市場は成長していたといえるでしょう。おそらく運営も最初から詐欺のつもりではなかったと思います。当時はゲームをスポーツだと理解していない人が圧倒的に多かった時代ということもあり、そこに風穴を開けようと計画したものの、結果的に資金が集まらず破綻してしまったのです。 しかも皮肉なことに、ゲーム自体への風当たりと偏見が、より強くなってしまいました。もちろん、流通基盤などの要因もありますが、IGC問題は、2010年代前半にe-Sports市場が大きく発展しなかった大きな要因となり、多くの若いゲームユーザーの夢を潰したといえます。 e-Sports市場 新たなる希望とインド特有の課題 2010年代後半になり、誰もがスマートフォンやPCを持つ時代になると、あまりの人気と中毒性による、生活への影響を心配したグジャラート州政府が法的に規制したことで、逮捕者が続出。ほかの州でも問題が続出するなど、国全体を巻き込んで社会現象にまで発展した『Battlegrounds Mobile India (BGMI、旧称PUBG Mobile India)』や『コール オブ デューティ モバイル』などのモバイルゲームは、インドのゲーム市場を大きく刺激することになりました。ある意味、ゲームに対する偏見は、さらに強くなったともいえるのですが、それと同時に、再びe-Sports市場が注目を集めるようになったのです。 さらにこの時期、『コール オブ デューティ』『Counter-Strike: Global Offensive』『Dota 2』といったゲームが、賞金と競技の両面において世界中のe-Sportsの基準を確立したことは、インド国内でも話題となり、ようやくスポーツとしての認知されるようになっていきました。 2012年以降も、インドのe-Sports市場が消滅したわけではなく、地道な成長はしていたので、数は少なくてもチームは存在していました。良くも悪くも話題にはなったので、逆に手を差し伸べる企業があったことも事実ですし、e-Sports市場を安定したものにするために創設された企業もあります。 IGCは確実に汚点で、市場成長に歯止めをかけたのですが、これまた皮肉なことに、今のe-Sports市場の基盤を強くする半面教師として機能したことも間違いないのです。 インドでe-Sports市場が確立され始めた2010年代後半も問題は絶えませんでした。それはプレイ技術だけでは補えない、貧富の差です。 例えば、2017年に誕生し、今ではインドを代表するe-Sportsチームのひとつとなった、Global Esports (GE)のルシンドラ・シンハー(Rushindra Sinha)氏は、本業が医師で投資家。普段からスポーツカーを乗り回すなど、もともと経済的な余裕があったからこそできたチャレンジだったのです。 実際に2010年頃後半から、インディアン・サイバー・ゲーミング・チャンピオンシップ、エクストリーム・ゲーミングによるBYOC、スーパーノヴァ、インディアンe-Sports・チャンピオンシップIn (IESC)など、賞金額の多いe-Sportsトーナメントが多数開催されるようになり、投資の対象のイメージを定着させたといえますし、2017年には、インド政府もe-Sportsに積極的でした。 インド産業連盟(Confederation of Indian Industry (CII))がインド政府電子情報技術省(Ministry of Electronics)の支援を受けて、インディア・ゲーミング・ショー2017を開催したこともターングポイントだったといえるでしょう。 話を少し戻すと、2010年代後半~現在にかけて、デジタル化が進み、山ばかりの極端な田舎であってもスマホやPCを通じて、どこの地域にいてもインド国内どころか世界とも簡単に繋がれるのですから、SNS同様に対戦ゲーム市場は急成長しました。 しかし、それを職業にしたり、そこに夢を託すということは、決して簡単なものではありません。その点は日本や他国でもそうかもしれませんが、インドはもっとハードルが高かったのです。 とくに貧困層に関しては、自分こそ貧困層ループから脱出し、家族を養いたくて、競争率が高くてもITの道に進もうとするわけですから、それよりもはるかにリスクの高い、動画クリエイターやe-Sportsを職業にするというのは、現実的ではないからです。そもそも安定した高速ネット環境やハイスペックな周辺機器、資金的な余裕のある富裕層や中間層に対抗できるのかという問題もあります。 例えば映画産業も同じです。割と最近まで、お家芸のように、ある程度の家系やコネがなければチャレンジできる場ではなかったのです。今ではオーディション番組やSNS、YouTubeなどを通して、きっかけは圧倒的に広がったとはいえ、それはここ10数年程度のことであって、親の世代からしてみれば、まだまだ不安が大きいのは理解できます。 そういった環境整備や親にどうやって職業だと認めさせるか奮闘する姿などは、インドで初めてのe-Sportsをテーマとしたドラマシリーズ「Clutch」や「Gamerlog」などを観るとよくわかります。ちなみに「Gamerlog」に関しては、1話だけはYouTubeで配信されているので、日本でも視聴可能(日本語字幕なし)です。 そして現在、多数の企業が積極的にe-Sports市場に参入し、若いプレーヤーを育てる努力を惜しまず、貧しい子どもたちを対象とした、無料参加のブートキャンプなども頻繁に行われています。女性の参加率も年々増加傾向で、フェミニズムの象徴として取り上げられることも多くなってきました。 もはや国をあげての産業となっては、親世代も理解せずにはいられないというマインドに変化しつつありますし、現代の若い世代が親になる頃には、もっと考え方は寛容になっていくでしょう。競争率は高くなりそうですが……。 世界で活躍するプロチームは、映画スターやインフルエンサー、アーティストのように憧れの対象、文化的アイコンとなるほど、活気あふれる産業へと変貌を遂げました。 そして現在も、まだまだ成長途中に過ぎません。e-Sportsは違ったところでも、コンシューマーやオンラインゲーム市場の成長は加速するばかりです。このように様々な要因が重なり、"ゲーム=インド"というイメージは、割とすぐに世界に定着するはずです。