お経はロックで自由な奇想に満ちた海外文学? 仏教本や名作映画に隠されたエピソード集など、本読みの達人たちが教える選りすぐりの新刊本

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年6月号からの転載です。 本読みの達人、ダ・ヴィンチBOOK Watchersがあらゆるジャンルの新刊本から選りすぐりの8冊をご紹介。あなたの気になる一冊はどれですか。 イラスト=千野エー [読得指数]★★★★★ この本を読んで味わえる気分、およびオトクなポイント。 渡辺祐真 わたなべ・すけざね●1992年生まれ、東京都出身。2021年から文筆家、書評家、書評系YouTuberとして活動。ラジオなどの各種メディア出演、トークイベント、書店でのブックフェアなども手掛ける。著書に『物語のカギ』がある。 お経ってこんなにロックで自由な海外文学なんだ! 冠婚葬祭などでお経を耳にする機会があるが、正直全く意味が分からない。それもそのはず、日本で読まれる多くのお経は、元々インドの言葉だったものを、無理やり中国語に訳している。しかも意味ではなく音を、「夜露死苦」方式で訳した。だから内容が分からなくて当然なのだ。しかしお経には、現代でもびっくりするような奇想に満ちた物語が溢れている。本書は、東大やハーバードで文学を研究し、日蓮宗教師もされている著者が、まるで文学のように『法華経』を語る、愉快な説法のようなエッセイだ。 『法華経』には様々な仏や菩薩(仏の見習い)が登場するが、みんな個性的で、まるで物語のように面白い。だから著者は『法華経』に、現代のラテンアメリカ文学に負けない自由さを認め、聖書と比較して、仏教のロックぶりを見出し、茗荷や芋、お盆といった日常の題材から深淵で笑える仏教の話に繋げてくれる。仏教って面白い! 人文/宗教 一回お寺に行きたくなる度 ★★★★★ 断絶された平安と鎌倉の仏教を接続する 日本の仏教と言えば、親鸞や日蓮といった鎌倉仏教がまず浮かぶ。そしてもう一人忘れてはならないのが弘法大師・空海だ。日本に初めて密教という新しい教えを持ち込み、言葉と身体と思考の総合的な修行を唱えた。ところが、この二つの“仏教”の関連性は薄く、空海の教えは難解だったので衰退し、代わりに鎌倉仏教が隆盛したと言われることがある。 だが近年は、空海と鎌倉仏教を断絶したものではなく、連続したものとして捉える潮流が生まれてきている。鎌倉仏教の開祖たちは、念仏や坐禅など、何か一つの行為に専念すれば救われると説いたが、実はそれは空海の教えをギュッと圧縮したもの、と捉えることができるのだ。 私見では、空海も鎌倉仏教も民衆を救おうとしたに違いない。彼らは時代は違えど、疫病や戦争という大混迷の中を生きていたのだ。彼らに共通する教えは、今の我々にも大いに役立つ。 人文/宗教 夏の空海展に行きたくなる度 ★★★★★ 前田裕太 まえだ・ゆうた●1992年生まれ、神奈川県出身。芸人。高岸宏行とともにお笑いコンビ・ティモンディを結成。数々のバラエティ番組に出演し活躍。著書に『自意識のラストダンス』がある。 現代を生きる人の教科書的なエッセイ 本書は、現役のメジャーリーガーが全て自身で書いた渾身のエッセイだ。日本一の左腕とも呼ばれ、今も海外で挑戦を続ける著者自身の人生を振り返る内容である。 私は著者が甲子園で一世を風靡してプロでも活躍している順風満帆な野球人生を送っていると思っていたけれど、綴られている内容は「持たざる者」である自覚を持ちどう対策を取っていくかという緻密で戦略的なものだった。 本書はエッセイではあるものの著者自身が読書家であり経営学にも精通しているためビジネス本の側面もある。大多数の人には関係のないトップ野球選手の話だと思いきや、その話はどんな人でも参考になるもので溢れていた。 私にもためになる話ばかりだったが特に「自分の幸せを探し続ける。」「苦手な人との付き合い方。」「言葉の意味を再定義する。」などは、野球に限らず全てに応用できる考えだなと唸った。人生のバイブルになる一冊だ。 エッセイ/ビジネス 社会人の必読書度 ★★★★★ 名作映画に隠されたエピソードが盛り沢山 監督の遊び心から映画の名作を更に深く楽しめる知識までが詰め込まれているのが本書である。例えば、どちらも2002年に公開された映画で『ハリー・ポッターと秘密の部屋』で行われるクィディッチの試合のシーンと『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』のコルサントでのカーチェイスで使われている音楽は同じものである。その事実だけでも再び名作を見たくなる。また、ある名作の中でマット・デイモンが身分を伏せて登場していることも書かれている。その映画ではマット・デイモンの名前は使われておらずエンドロールでも偽名が流れるのだけれど、その名前の由来にも遊び心があって、また他の作品も見たい気持ちになる。 他にも小道具や名俳優が起用されるに至った裏話など情報が盛り沢山。 作品に隠されたディテールを知れば、読者ももう一度名作を見ようと思うに違いない。 ガイド/映画 再び名作を見たくなる度 ★★★★★ 村井理子 むらい・りこ●1970年生まれ、静岡県出身。翻訳家、エッセイスト。著書に『村井さんちの生活』『兄の終い』『ある翻訳家の取り憑かれた日常』など。訳書としては『ゼロからトースターを作ってみた結果』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』ほか。 早めの対策が何より大事 2026年は「男女雇用機会均等法」の施行から40年。施行当時に採用されたという「均等法第一世代」の女性の多くは、結婚や出産を機に退職したが、働き続けた女性たちが近年続々と定年を迎えている。女性は結婚・出産すれば退職して、育児に専念することが当たり前だった時代に、様々な苦難を乗り越え、育児と仕事の両立をして、あるいは子どもを持たないという選択をして、働き続けた女性たち。いわば、現役世代の大先輩だし、キャリアを貫くという女性の新たな生き方の土台を築いてくれた人たちだ。そんな彼女たちの定年後がどうなるのか? という大変気になる状況を、圧倒的なデータとともに解説した一冊だ。性別が違うというだけでこれだけの差が出るのかと怒りを感じるデータも多い一方で、いきいきと人生を謳歌する女性の物語を読んで慰められた。大切なのは、情報を得ること。そして早め早めの対策だ。働き世代の女性よ、急げ! 論考/社会 制度改革に期待!度 ★★★★★ すごい留学経験 「海外鉄」(海外の鉄道を専門に撮り鉄する人々)という言葉があることさえ知らなかった私でも、ベラルーシに機材を担いで向かった温厚そうな著者が、撮影後に現地警察に逮捕されたあたりから「かなりまずいのでは」と理解できた。著者にとっては裏目に出る状況が多くて震えるばかりだったが、著者自身も逮捕の瞬間に「ヤダヤダヤダヤダ」と思ったらしい。その後は読み手も思わず息をのむような展開。気づけばベラルーシのKGBの監視下に。しかし著者が素晴らしいのは、危機的状況にありながらも獄中生活を「留学」と捉え、学ぶ姿勢を崩さなかったこと。心を強く持っていたこと。時折挟まれる家族からの手紙が優しくて泣かされた。トータル203日間の獄中留学で、語学や生きる術を学び、最終的には関係が悪かった父とも、ある程度、わかり合えたのではないだろうか。こういう留学記も悪くない。いや、唯一無二の一冊かもしれない。 文芸/エッセイ 海外では気をつけましょう度 ★★★★★ 本間 悠 ほんま・はるか●1979年生まれ、佐賀市在住。書店店長。明林堂書店南佐賀店やうなぎBOOKSで勤務し、現在は佐賀之書店の店長を務める。バラエティ書店員として書評執筆やラジオパーソナリティなどマルチに活躍の幅を広げている。 青春は、甘くて苦い。事件が暴く「あの頃」の光と影 誰しも心の奥底に沈めておきたい過去がある。私にとっての青春も、直視するにはあまりに眩惑的で、故郷の土を踏むことすら躊躇われる。 本作の主人公・光一も、過去から逃げ続けてきた一人。かつての「四人の絆」を切り裂いたのは、ある暴力事件だった。歳月を経て届いた、仲間による殺人の報せ。それを機に、止まっていた彼らの時間が再び動き出す。 回想の中で描かれる彼らの瑞々しさが目に痛い。4人の少年と、不思議な年上女性・響さん。彼女を囲んで過ごした日々は、ヒリヒリするほど純粋で、無鉄砲だ。「仲間を助けたい」という闇雲な正義感、そして爆発する行動力。若さゆえの過ちと輝きが、ページから溢れ出してくる。 過去の暴力が現在の事件と交錯したとき、彼らが辿り着く真実とは……。重いテーマを扱いながらも、澄み渡る青空に吸い込まれるようなラスト! 爽快なホームランでした。 文芸/小説 アルバムを開きたくなる度 ★★★★★ 呪われた街で、少女が自分の色を取り戻すまで。 あまりに過酷な境遇に、胸が締め付けられる。10年前の姉の失踪以来、母は精神を病み、父はそんな家族を見捨て、家を出る。街の有力者に「神隠し」と決めつけられたせいで、地域からも孤立した。高3の晴奈は、母を一人で世話しつつ、この「呪われた街」を脱出する契機を淡々とうかがっている。 冷徹なほど逞しい彼女を動かしたのは、公衆電話越しに届いた「姉」の声だった。「親友と交友を取り戻す」「父に連絡してみる」姉の助言で、止まっていた晴奈の時間が少しずつ動き出す。 地方特有の閉塞感、逃げ場のない息苦しさ。大なり小なり、この「ままならなさ」を知る人なら、彼女の再生に自分の姿を重ねずにはいられない。最悪の状況から一歩を踏み出す彼女の強さに、読み手もまた、静かな勇気をもらえるだろう。誰かに助けを求めることはそう悪いことではない。絶望を押しのける勇気が湧いてくる一冊だ。 文芸/小説 今しんどい人に届けたい度 ★★★★★

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