巨人 史上初の監督空位…今季終了まで橋上監督「代行」 山口オーナー「後任全く白紙」

巨人・山口寿一オーナーは午後4時半過ぎに都内の球団事務所で報道陣に対応し、橋上オフェンスチーフコーチに今季終了まで監督代行として指揮を任せる方針を示した。 「そのように私からお願いしました。(阿部監督が)数カ月休んで戻れるということはあり得ないと思う。昨夜のうちに考えましたので、その旨、橋上さんにも伝えて、最後までというつもりで受けていただきたいと言いました」 監督の出場停止や体調不良による監督代行はあっても、退任後も「監督空位」のまま監督代行が指揮を執るのは球団としては初。歴代監督は代行も含めて生え抜きが務めてきた歴史を持ち、巨人で選手経験がない中で指揮するのも今回が初めてだ。 阿部監督の母校・安田学園(東京)の先輩でもある橋上監督代行は現役時代、ヤクルトや日本ハムなどでプレー。野村克也さんの楽天監督時代にヘッドコーチを務め、手腕を買われて12年から3年間、巨人でコーチを務めた。1年目の12年に選手だった阿部監督に的確な助言を送り、打率・340、104打点の2冠王獲得に助力した。 山口オーナーは試合直前のミーティングに参加。経緯を説明し「(阿部)監督自身が相当悔しいに違いないけれども、皆さんが全力プレーをすることで、監督の無念を少しでも晴らすことができるのではないかと思います」と呼びかけた。 初代オーナーの正力松太郎氏が「巨人軍は常に紳士たれ」の遺訓を残した伝統球団。山口オーナーは「暴力を振るった、逮捕された事実を消すことができない。辞任は避けられない」と事の重大さを受け止めた。阿部監督の球団との今後の関わりについては「当分何もない」とし、後任については「全く白紙です」と強調した。 ◇橋上 秀樹(はしがみ・ひでき)1965年(昭40)11月4日生まれ、千葉県出身の60歳。安田学園から83年ドラフト3位でヤクルト入団。捕手から外野手に転向し、日本ハム、阪神を経て00年に現役引退。05~09年に楽天コーチ、11年にBC新潟監督、12~14年に巨人コーチ。その後も楽天、西武、ヤクルトのコーチ、オイシックス新潟監督を歴任し、25年から巨人コーチに復帰した。右投げ右打ち。 ≪1リーグ時代2度「兼任」監督が交代≫巨人監督の途中交代例は1リーグ時代に2度。46年は6月13日に藤本英雄監督兼投手から中島治康監督兼外野手に、翌47年の6月6日には中島から三原修に監督を交代している。ともに兵役などからの球界復帰による監督交代だった。また、巨人の代理、代行監督は、三原監督が出場停止処分中の49年4月16日から7月20日に、中島代理監督が62試合(37勝25敗)で指揮。近年では原辰徳監督の体調不良などによる欠場中に川相昌弘コーチが14年に1試合、15年に5試合で代行を務め、5勝1敗の成績を残した。

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