嗚呼、わが青春の“ブロックくずし”…!アーケードゲームの市民権獲得に貢献した『アルカノイド』を語ろう

日本では「ブロックくずし」と呼ばれているタイトル、『ブレイクアウト』と『アルカノイド』はコンピューターゲーム史に燦然と輝く功績を残しました。 画面上に積み重なっているブロックにボールをぶつけて消していき、下に落ちないようパドルで打ち返していく単純なルールのブロックくずし。ところが、この単純さが多くの人の胸を鷲掴みにし、ブロックくずしは70年代までにゲームセンターの定番タイトルとなりました。一度は飽和状態になり人気が下火になったものの、タイトーが1986年7月に発売した『アルカノイド』はブロックくずしの復権につながり、現在に至るまでプレイされています。 この『アルカノイド』が、5月7日にアーケードアーカイブスのラインナップに登場しました。 ◆一番最初のラウンドで何百円も… パドルがボールを投げると、心地良い音を立てながら壁を使って逆方向に跳ね返り、ブロックに当たってパドルのある方向に戻ります。それをパドルで打ち返し、再びブロックに向けて飛ばしていく……というのが『アルカノイド』の基本ルールです。 この『アルカノイド』でのブロックは「ウォール」と呼称され、全6色にカラー分けされています。それぞれ破壊した時の点数が異なり、また中には複数回ボールをぶつけないと壊れないウォールや、何回ボールをぶつけても絶対に消えないウォールも存在します。これらのウォールの配置が、ボールの動きに大きな作用をもたらします。 その上で、『アルカノイド』には「ハームフル」という敵キャラも登場します。これがまた厄介な奴で、ウォールに向かっていたはずのボールがハームフルに接触したせいでパドルの方向に戻ってきてしまう……ということもよくあります。 破壊可能のウォールを全部壊すか、「ブレイク」というアイテムを取ると次のラウンドへ進むことができます。ただ、これは文字で書く以上に難しく、一番最初のラウンドで何百円ものみ込まれてしまった……という経験を持つ人も少なくないはずです。 ◆お助けアイテムの「罠」 そんな『アルカノイド』には、お助けアイテムが存在します。このゲームにはパドルが破壊を繰り出せるようになる「レーザー」やボールの動きを遅くする「スピードダウン」、ボールが3個になる「ディスラプション」といったアイテムが用意され、それを取ればラウンドを楽々攻略……と言いたいところですが、そうは問屋が卸さないのが『アルカノイド』。 アイテムを取ろうとして欲張ると、肝心のボールを取り損ねてしまいます。もちろん、ボールを取れないとミスになるので、時としてアイテムを諦める決断も必要です。 『アルカノイド』は、それまでのブロックくずしの単純明快なルールを引き継ぎ、さらに難しい内容のゲームを実現させました。「簡単だからこそ難しい」という、コンピューターゲームの本質が十二分に発揮されています。 ◆コンピューターゲームに市民権がなかった80年代 この『アルカノイド』が発売された1986年、大人たちはコンピューターゲームに対して否定的・懐疑的な目で見ていました。ファミコンを始めとした家庭用ゲーム機は「子供を不健康にさせる玩具」、アーケードゲームが置かれているゲームセンターは「不良の溜まり場」といった具合のイメージを、当時の大人は心の片隅に抱いていました。 筆者は放送大学に入学しているため、自宅にいながら『朝日新聞クロスサーチ』を利用して朝日新聞の過去の記事を閲覧することができます。そこで様々な単語を用いて、かつての朝日新聞がコンピューターゲームとそれに携わる企業をどのように報道していたのかを検索してみました。 全国紙では概ね1980年代まで、ゲームメーカーが脱税や風営法違反で社員が逮捕されたということは報道するものの、このメーカーのこのタイトルが巷にセンセーショナルを巻き起こし、新しい価値観を創出している……という具合のポジティブな経済関連情報として報じることは殆どありませんでした。コンピューターゲーム分野は、経済セクターとして見なされていない「二等市民」だったと言っても過言ではないかもしれません。かつてのプロ野球が、六大学野球や実業団野球に品位で劣るものと見なされていたことと同じような光景です。 そんな中で、『アルカノイド』は第二次ブロックくずしブームを形作ったのみならず、アーケードゲーム産業がひとつの経済セクターとして「市民権」を得るまでの道を整備したと言えるのではないでしょうか。 ◆「インベーダーの再評価」までの導線を構築した『アルカノイド』 70年代の終わりに日本列島を熱狂させた『スペースインベーダー』ブームは、しかしながら一過性の現象として終息し、また当時の大人たちのコンピューターゲームに対する警戒感を刺激してしまった側面もあります。そこからアーケードゲームそのものが一過性の現象に終わらず、ファミコンブームを横目に見ながらゲームセンターでその命脈を保ち続けました。 バブル崩壊後の新しい産業が熱望された日本で、アーケードゲームを含めたコンピューターゲーム分野は全国紙からも注目されるようになります。90年代の中頃に差しかかると、かつて『スペースインベーダー』を「青少年育成の懸念」として見ていた全国紙もこのような記事を配信するようになります。 「スペースインベーダー」。十六年前、喫茶店などに登場して爆発的なブームを巻き起こした、あのゲームが戻ってきた。この春に家庭用テレビゲーム機のソフトに衣替えして再発売された途端、二カ月で三十万本の在庫がなくなるヒット商品に。二十歳代後半から四、五十歳の人たちは懐かしさを、子どもたちは新鮮さを求めて飛びつく。複雑、高度化したテレビゲームが全盛の中で、相手を撃ち落とすだけのシンプルな面白さが受けている。 再発売したのは、ゲーム機器の企画・製造を手がける「タイトー」(本社・東京都千代田区)。今年三月末、創立四十周年を記念して十六年ぶりに売り出したところ、当初販売予定の十五万本と再販分を合わせ、すぐに在庫がなくなった。来月、十万本程度の再々販を予定している。 (中略) 大阪市内のタクシー運転手(五〇)が、このゲームセンターで十数年ぶりに挑戦。かつては出勤前に喫茶店で朝食を食べながら、毎日のように楽しんだ、という。久しぶりのボタン操作に戸惑いながらも「あのころは目の色を変えてやっていたなあと、懐かしくなりましたよ」と、興奮気味だった。 大阪府堺市の中学二年生(一三)は「ゲームセンターでやったことがある。単純だけど、おもしろかった。単純だから、かえって遊びやすいような気がする」。 ゲーム評論家で「1999年のゲーム・キッズ」の著者の渡辺浩弐さんは「これまでのゲーム業界は、映像や複雑さのレベルを上げることを競うあまり、ゲームの本質的なものを忘れていたのではないでしょうか。インベーダーゲームの再ヒットは、そんな業界が成熟し、ゲームを文化として充実させていく余裕が生まれたことを示しているのでは」と分析している。 (インベーダー人気“再襲来” 2ヵ月でソフト30万本完売【大阪】1994年6月13日朝日新聞) 16年越しの『スペースインベーダー』の再評価。その裏側には『アルカノイド』が創出した影響力も多分にあったと言ってもいいのではないでしょうか。 『アルカノイド』が第二次ブロックくずしブームを起こしたからこそ、アーケードゲームの系譜の灯火は消えることなく存続し得たと解釈することもできます。

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