瞬間のまなざしが、時を超えて人を引きつける。フェルメールの最後の来日とも噂される名画をめぐり、その魅力と謎、そして楽しみ方に迫る。AERA 2026年6月15日号より。 * * * 「特に瞳と唇のハイライトですね。これが非常に見事です。さらに真珠が加わったきらめきこそが、この絵の魅力。しかもほかの肖像画の多くが永遠を表現しようとしているのに対して、ここに描かれているのは瞬間の表情。そこにまたドラマが生まれるのです」 この展覧会の日本側監修者を務める神戸大学大学院人文学研究科教授の宮下規久朗さんのそんな解説を聞きながら、スライドに映ったその作品にあらためて目をやってみた。 何か言いたげな瞳や、0.1秒後には言葉を発しそうな少し開いた唇、そしてターバンや真珠のイヤリングといった思わせぶりな装飾品など、「私が誰か当ててみて」と言わんばかりの謎めいた少女がそこにいた。17世紀の画家、ヨハネス・フェルメールの代表作《真珠の耳飾りの少女》だ。 ■日本での展示は最後か ここは、8~9月に大阪中之島美術館で開催される「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展」の記者発表会場。この作品が来日するのは4回目、14年ぶりとなるが、今回が最後の貸し出しになる可能性も高いという。作品の負担軽減などの理由で、所蔵するオランダのマウリッツハイス美術館が、「今後、原則として館外への貸し出しを行わない方針」を打ち出しているからだ。 1665年頃に描かれ、今や「オランダのモナ・リザ」とも呼ばれるようになった《真珠の耳飾りの少女》。だが、その人気が本格的に爆発したのは1990年代、つまり制作から実に300年以上が経ってからのことだった。 例えば1881年、オランダのオークションに出品されたときの落札額は、わずか2ギルダー30セント(現在の日本円にすると約1万円)だったという記録もある。現代になって100億円は下らないとされる世界有数の名画になったのには、いくつかの幸運な偶然があったとされている。 ひとつは1994年に行われた、マウリッツハイス美術館による作品の修復だ。黒ずんでいたこの作品の画面の下から、フェルメールならではの作品世界が修復によって蘇ったのだ。また、この作品はかつてモデルを特定しない肖像画、「トローニー」としてオークションに出品されていたことから、この作品を見る人々の「どうしてこの絵が描かれたのか」という想像が、かえってかきたてられていった。 「フェルメールの人気は見てわかりやすいことが大きいでしょう。例えばレンブラントのようなオールドマスターが描いていた宗教画や神話の絵が、フェルメール作品には少ない。牛乳を注いでいるところ、楽器を弾いているところなど日常を描いた絵がほとんどで、宗教などの知識を持たずとも、(現代人は)見たままで想像を膨らませ、作品を楽しむことができたのです」(宮下さん)