中東シリアで半世紀余り続いたアサド父子の独裁体制を、内側で支えた組織がある。「ムハーバラート」と呼ばれる秘密警察・情報機関で、市民の監視や拘束、拷問を繰り返した。突然連行されて家族にも行方が知らされない「強制失踪」の被害者は、推定で数十万人にのぼる。 私は、ムハーバラートによる人権弾圧から生き延びた人や家族の証言を数多く聞いてきた。だが、市民を拘束し、拷問をしていた側への取材は難航を極めた。国外に逃れた元要員ら十数人を特定したが、取材を依頼しても即座に断られてきた。 ■7年かけてたどり着いた秘密警察の男 元要員を捜して足かけ7年となる今年、取材に応じるという人物についにたどり着いた。日本やシリアを含めた世界のメディアでこれまで、ムハーバラートで人権弾圧に関わった人物がその内情を語った記事はほぼない。氏名や滞在国を伏せる条件で、男は取材に重い口を開いた。 かつて、拘束された者から「自白」を引き出す尋問官だったという男が語ったのは、アサド体制を守るためなら何でも許される、超法規的な組織の姿だった。容疑の内容をほぼ知らないまま、上官の指示に従って対象者の拘束に向かい、本人がいなければ家族を捕らえることもあったという。 「ムハーバラートには逮捕、拉致、殺害、何でも行う権限があった」 男はそう証言した。あまりにむごい拷問を目の当たりにし、止めようとして、自らが処罰されたこともあった。 ■恐怖の中で続けた尋問 「拷問の担当官から、『お前は俺の仕事に口を出すのか』とすごまれた。私は3カ月、刑務所に送られた」 組織の指示に従わなければ、自分の身も危うくなる。その恐怖の中で、男は尋問を続けたという。 皮肉なことに、この体制を揺るがすきっかけをつくったのもムハーバラートだった。2011年、ある学校の壁に書かれた落書きの内容をめぐり、ムハーバラートは子どもたちを拘束し、拷問にかけた。それが市民の怒りに火をつけ、長期の内戦へと発展していく。アサド体制の終わりは、その恐怖支配を支えた組織から始まったのだった。(其山史晃)