【中央時評】侮辱される自由民主主義=韓国

「分別がついて以降、今まで公職生活をしながら、自由民主主義という信念一つを強く抱いて生きてきた」。 先月21日の憲法裁判所弾劾審判3次弁論期日に出席した尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の弁だ。自身の戒厳実行が自由民主主義を守るためだったという主張だ。尹大統領は逮捕前、漢南洞(ハンナムドン)の公館の前に集まった支持者らに「この国の自由民主主義憲政秩序を守るために、このように多くの方々が苦労していることに感謝する」という内容の手紙を伝えたりもした。戒厳と弾劾反対集会、自身が受ける弾劾審判と刑事裁判が自由民主主義のための「聖戦」に化けた。 韓国社会で自由民主主義ほど誤用・汚染されたり誤解されたりした言葉も珍しい。現実政治で自由と民主という用語は進歩-保守の両陣営が相手を攻撃したり自らのアイデンティティを表すために誤用・乱用されたりした。保守は進歩を反自由主義勢力とし、進歩は保守に反民主のレッテルを貼った。歴史・社会教科書改編や憲法改正の議論があるたびに民主主義の前に「自由」という修飾語を付けるかどうかをめぐり両陣営は対立した。文在寅(ムン・ジェイン)前大統領の就任式当時に一度も出てこなかった自由という言葉が、尹大統領の就任演説では35回言及されたのも同じ脈絡だ。 ここには韓国的な状況も作用した。自由と民主はともに輸入された概念だ。意識と生活の中に完全に浸透したといえるほど根深いものではないということだ。自由主義は17-18世紀に西欧の市民階級を中心に形成されたが、冷戦状況の韓国では体制対決のイデオロギーとして使用されてきた側面が強い。民主主義も解放後に主に米国から輸入された政治体制を通じて初めて経験した。そうだとしても自由民主主義の現実的な様態が多元主義、自由選挙、権力分立、法治主義、私有財産認定と市場経済、人権と市民権などという点には異見を唱えがたい。我々の憲法ではこれを「自由民主的基本秩序」と規定している。 尹大統領は非常戒厳を宣言しながら「国会と地方議会、政党の活動と政治的結社、集会、デモなど一切の政治活動を禁じる」という布告令1号を発表した。戒厳の直前に崔相穆(チェ・サンモク)企画財政部長官に国会に代わる「国家非常立法機構」関連予算を確保するよう指示したという疑いもある。本人は否認するが、与野党代表や国会議長など政敵を逮捕しろと指示したという証言が出てきた。批判的なメディアに対して直接停電・断水を指示したという疑惑まで提起された。これらすべてが尹大統領の信念という自由民主主義に正面から反する行為だ。 巨大野党の相次ぐ弾劾、必須予算の削減が尹大統領の危機感を刺激したのは事実だ。とはいえ、野党を「反国家勢力」と規定して「自由民主主義」の名で断罪するという発想は度が過ぎる。比例性原則に外れるだけでなく、目的が手段を正当化するマキャベリ的思考方式だ。戒厳が大統領の固有の権限というが、法を超越することはできない。法治主義の無視こそが自由民主主義の最も大きな敵だ。 問題はこのような誤用された自由民主主義が弾劾反対の動力、さらに暴力扇動の道具として使用されるという点だ。弾劾反対集会ごとに「今は自由民主主義を失う危険に直面している」という声が聞こえる。西部地裁での暴動当時、あるインターネットコミュニティには「自由民主主義を守護する一つの目的で内戦まで覚悟する集団が必要だ」という書き込みがあった。自由民主主義の名でその対蹠点にある暴力を正当化する錯綜であり、自由民主主義に対する侮辱だ。 尹大統領は候補当時と任期初期に済州(チェジュ)4・3と光州(クァンジュ)民主化運動の記念式に出席し、前向きで包容的なメッセージを投じた。しかし徐々に「国家アイデンティティ」「反国家勢力」のような用語の駆使が増え、極右性向の人物を起用することが増えた。有罪か無罪かを争う検事のように両極端的な政治をするという批判から抜け出せなかった。経済の政治的側面に背を向けたまま、ただ「大韓民国営業社員1号」として走ればよいと考えた。その過程で尹大統領の「自由民主主義」は狭い理念の枠に閉じ込められてしまった。 尹大統領は面会に来た与党議員らに「今回の戒厳を通じて国民が民主党の国政まひ形態について知ることになったのは幸いだ」と述べたという。典型的な憤怒政治の表現だ。しかし自由民主主義は憤怒だけで作動するのではない。フーコーは「戦争は他の手段による政治の連続」というクラウゼヴィッツの警句をひっくり返して「政治は他の手段による戦争の連続」と言った。自由民主主義を守るための本当の戦争の手段は対話と妥協にならなければいけない。野党が触発した憤怒の前で調節バルブが故障してしまったところから尹大統領の悲劇は始まった。憲法的な価値である自由民主主義が陣営の枠に閉じ込められて苦しんでいる。 イ・ヒョンサン/論説主幹

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