15の頃から行動監視されて…皇治が”元大阪府警捜査一課コワモテ刑事につかまった!?”怪情報の真相

格闘界のファンタジスタ、皇治(35)が数年越しの夢を叶えた。地元・大阪にジムをオープンさせたのだ。1月11日に行われたお披露目イベントには美女が大挙して押し寄せ、盛況だったという。「モテてしゃーない♪」をモットーとする自称“路チューの帝王”だけにさぞかし、チャラいジムを作ったのかと思いきや――どうも様子がおかしい。 聞けば、ジムを仕切るのはスキンヘッドのコワモテの男。勾留中の富田林署から脱出し、「自転車日本一周」挑戦者になりすましたりしながら約50日間も逃げ続けた樋田淳也受刑者(’22年に懲役17年の刑が確定)逮捕にかかわった元大阪府警捜査一課の凄腕デカだという。これってつまり……保護観察的な!? フライデーデジタルは早速、元コワモテ刑事、楠本龍治氏(39)を直撃した。聞けば、皇治が15歳の頃から“行動観察”しているという。 ーー当時から問題児だったのですか? 「ジムにいろんな女の子を連れてきてましたね(笑)。彼とは大阪の豊中にあるキックボクシングのジムで出会いました。ちょうど自分がプロ第一戦を控えていた頃で、後から皇治が入ってきたんですが……当時から自信満々でしたね。ジムにいた一番強い選手から順番にスパーリングを挑んでましたから」 喧嘩自慢の素人が日々鍛錬を積んでいるキックの選手に勝てるはずもなく、1番強い人に負け、2番目に負けてーーとドンドン上から負けていって、ついに楠本氏との対戦となった。 「パンチを一発もらったかな? ただ、自分が圧倒して勝ちました。試合前でめちゃくちゃ動ける状態でしたから。でもね、皇治が人と違うのはそこからなんですよ。ジムのメンバーで定期的に食事をしていたんですけど、みんなの前で目標を言う機会があった。たいてい、今度の試合をどうするとか、今年は一敗もしないとかそんな内容やったんですけど、皇治は『K -1のリングに上がって有名になる』『世界チャンピオンになる』と、見ている先が全然違ったんです。まだプロにもなってない中坊が。先輩やトレーナーたちは鼻で笑ってましたけど、自分は『オモロいやっちゃな』って思ってました。当時からギラギラしてましたね」 大言壮語に思えた目標を次々と実現させていく4歳下の皇治が、いつしか気になって仕方がなくなっていた。 「不可能を可能にするというか……もう、皇治は“そうなると決めている”んですよね。そして、それだけの努力もしている。自分が大阪府警に入ってからもずっと試合はチェックしてましたし、大阪で試合がある時は観に行ってました」 誰もが夢物語だと思っていた武尊(33)、那須川天心(26)とのビッグマッチを実現させる姿に、楠本氏もいつしか影響を受け始めていた。 「自分は大阪府警の捜査一課でバリバリ働くことを目標としていたんです。ありがたいことに30ソコソコでその目標を達成することができた。できたのですが、次の目標がなくなってしまって……マンネリというか惰性で仕事をしていた感じがあった。一方で皇治は活躍の場を広げて有名になって……すぐそばでその姿を見て、刺激を受けましたし、もどかしさを感じるようになりました。仕事として安定はしていますけど、このまま定年までいくのもつまらないなと」 ーー富田林署から脱走して、2ヵ月近く逃げ続けた樋田受刑者を逮捕した腕っこきのデカがですか? 「もともと樋田受刑者が起こした事件を担当していて、自分が取り調べをやっていたんですよ。勾留期間中に留置場から逃げて、ずっと追ってたんですけど、最終的には道の駅で万引きをして保安員さんに捕まった。それを迎えに行っただけで、自分が見つけて逮捕したわけじゃないんですよ(笑)」 ーー樋田受刑者はどんな人物でしたか。 「意外と礼儀正しいところがあるんですけど、 20歳過ぎてからずっと刑務所を出て、入っての繰り返しでした。ちょっとサイコパス的なところがありましたね。頭はいいんやと思いますけど」 悩んだ挙げ句、楠本氏は大阪府警を退職する。37歳の時だった。 ◆皇治を“つかまえた”日 「40過ぎたら新たな挑戦はしづらくなるだろうなと思ったんです。自分には子供が4人いるんですけど、妻ともしっかり話して、 なかなか納得はしてくれなかったですけど、ちょっと押し切るような感じで。大阪府警を辞める直前に皇治と食事に行く機会があって、そんな経緯を伝えたら“挑戦する姿を尊敬します”と言ってくれました。“警察を続けようが、新天地に行こうが、ずっと仲間だと思ってますし、応援しています”と」 皇治の挑戦をサポートしたい、一緒にまだ見ぬ光景を見てみたい――15の頃からそばで見続けてきた皇治を“つかまえた”瞬間だった。次の目標は“皇治の夢のサポート”。’23年2月、楠本氏は皇治の会社TEAM ONEに入社した。任されたのが、「大阪にジムを出す」というプロジェクトだった。 「自分はトレーナー経験がなかったので、神戸のSFKというジムで修行させていただいて、同時に物件を探して……いろんな方に支えていただいて、念願のオープンに漕ぎ着けました。プロを育成することも、おいおいは考えていきたいんですけども、まずはジュニアの育成とダイエット目的のOLさん、健康促進に取り組みたい会社員の方の受け入れに注力したいと思っています。その上でジュニアが育って、この関西から“第2の皇治”を格闘技界に送り出すことができれば最高ですね。“成り上がり”をコンセプトにしていけたらいいな、と」 ーーありがとうございました。最後に……楠本さんにとって、皇治とは何でしょうか? 「人生を変えてくれた人、ですね。彼と出会ってなかったら、まだ警察官を続けていたと思います。“挑戦しない自分”にモヤモヤしてたでしょう。天心に挑んだ時もそうですが、 ちょっと大げさかもしれないですけど、世界最高峰の挑戦をしてるの姿が“尊く”見えた。年下ですが、尊敬してます」 格闘技界のファンタジスタに、頼もしすぎる仲間が加わった。

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