昭和から平成まで36年間、麻薬取締官、「マトリ」として薬物捜査現場の最前線に立ってきた高濱良次氏が当時のリアルな現場について綴ってきた連載『麻薬Gメンの事件簿』。高濱氏が2月1日に本連載の内容も含む書籍『マトリの独り言 元麻薬取締官が言い残したいこと』(文芸社)を上梓した。 本連載の最終回と著書の刊行を記念して、高濱氏にインタビューを敢行、マトリ人生で最も〝記憶に残る事件〟について語ってもらった。 ◆ガサをかけても品物が出て来ない 最大の事件……っていうわけじゃないけど、思い返してみれば印象深かった事件は大都市よりも地方の中小都市での事件のほうが多いかもしれないね。とくに1993年(平成5年)から1997年(平成9年)まで赴任した仙台は事件が少ない場所だっただけに、思い出深い事件がいくつもあった。 地方の中核都市では大都市のように多種多様な薬物が売買されているわけじゃない。覚醒剤、もしくは大麻が主流。面白いのは大都市のヤク中(薬物中毒者)は、クスリがなくなると借金をしてでも、あるいは人を騙してでも金を取ってきて、それでシャブを買うわけよ。ところが、仙台というところは金がなくなるとシャブを買わないため、注射もしない。 だから「あいつはシャブを持ってる」っていう情報があったとして、ガサをかけても品物も何も出て来ないということも多いんよ。それで検査するために「小便を出せ」と言うと「はい、どうぞ」と素直に出す。どうせもうクスリが抜けているから何も出ないと思ってるからね。 大都市では一般の人が売人になるケースも多いけど、地方の場合はまだ暴力団が覚醒剤を密売しているというケースが多かった。ある暴力団員が覚醒剤を密売しているという話があって、住所がわからないので、別れた女房の家を張り込んだ。 すると女が出て来たんで調べたら、持っていたセカンドバッグからビニール袋に入った覚醒剤が30g出てきた。「この覚醒剤はどうしたの?」と聞くと、「預かってくれと言われたけど恐ろしくなって『いつまで私のところに置いておくの?』と聞いたら『どこかに移せ』と言われて持ち出した」と言う。「男はどこに行った?」と聞くと、組の会議だとかで千葉に行っていると。 夜遅くに帰ってくるっていうんで、男の逮捕状の請求準備をしながら、仙台駅の改札前で待っとったら帰ってきた。で、その場で呼び止めて緊急逮捕しようとしたら、「逮捕状見せえ!」などと言い暴れ出した。手に持っていた紙袋を放り投げて逃げようとして、あまりに暴れるんで警棒で脛を叩いて倒してから手錠をかけた。 ◆紙袋から出てきた想定外の〝お宝〟 本人は大事そうに紙袋を持っとったから、東京でコカインでも仕入れてきたんかなと思ったのよ。ところが、袋を開けてみたら中に入っていたのはスミス&ウェッソンという拳銃2丁と紙箱に入った弾丸が50発。弾丸は装填されてなかったけど、その時は夜の9時過ぎ頃。あたりには電車から降りてきた人がけっこういたから、もし暴発でもしていたらと後で思ったらゾッとしたけどね。 拳銃は管轄外だから、仙台中央署に引き継いだ。都会では拳銃を押収した事件なんてなんぼでもあるけど、田舎では滅多にないし、真正拳銃(マブ、模造ではない本物の銃)に実弾だから県警も喜んどった。こっちもまさか拳銃を持っとるとは思わんかったから、やっぱり特殊な事件だったね。 大麻の話をすると、北海道から東北には、野生大麻があるんよね。夏になると北海道に行った東京の学生などが、野生大麻を抜いて、持ち去ろうとする現場を見つかり地元民に通報されて、逮捕されるケースもある。 これから話すケースは野生の大麻じゃなくて、自分たちがタネから植えて栽培しとった事件なんだけど、当時の日本の土壌で栽培した大麻は、今の大麻と違って主成分のTHCの濃度が数%と低いんよ。最近の外国産は10%近くのやつがあるらしいんやけど。逮捕した連中に言わせると、喉がいがらっぽくなるだけであんまり効果が期待できないらしいね。 ◆砂浜に大量の大麻を埋めていた男 その大麻を栽培してるやつから譲り受けた売春防止法違反の前科のある28歳の男を逮捕しに行ったわけよ。家から出かけた先で身柄を押さえて家まで連れて行く時に、その男は、「何でいかな、いかんのか」などと逆に言いがかりをつけてきて、揉み合いになった。でも無駄な抵抗をしても無意味と思ったのか、すぐにその男は、従順になって家の捜索に立ち会った。ところが家を捜索しても何も出ない。 そこで家から身柄を押さえた現場まで入念に調べた。すると、何とマッチ箱に入った大麻6gが捨てられていたわけね。どうも我々の隙を見て捨てたらしい。それで、「これ、お前放ったやろ」言うたら、「私は放ってません」って言うから頭に来てね。 私は大麻を栽培していた男の供述をもとに、大麻1kgの所持という逮捕状を持っとったから、「ああ、わかったわかった、じゃあ1kgの所持の逮捕状を執行してお前を刑務所送り込んでやるから。1kgも持っとったら懲役は免れんぞ」っておどしたら、「いや、実は……」と言い出し始めて、「実は名取市の閖上海岸のところに埋めているんです」と言う。 それでその男の言う通り海岸を掘ってみたら、供述どおりクーラーボックスに入った大麻86gが出てきた。何の特徴もない砂浜で、自供がなければまずわからない場所。「なんで、こんなとこに埋めてるのがわかんねん」って聞いたら、「ここだけ杭の色が黒くて横の柵の針金が切れているから」ということだった。 自分の吸うぶんだけポケットに入れておいて、あとは砂浜に埋めているなんてケースはこれまでなかったんよ。通常のケースであれば、部屋なり身近な場所に隠しているのが普通だったから、思いもよらなかった。最初に捨てたのを素直に認めていれば、6gの所持だけで済んだわけで、こんなことにはならなかった。そんな偶然もやっぱり私の取締官人生の中でないんよね。だから、この事件は印象深かったね。 【後編】『【麻薬Gメンの〝記憶に残る〟事件簿】「駅のホームでは先頭に立たない」習慣を貫く「理由」とは』では、地方都市での暴力団員の抵抗の激しさ、暴力団を相手に捜査をするうえで高濱氏が心がけたことなどを語っている。 【麻薬Gメンの〝記憶に残る〟事件簿】「駅のホームでは先頭に立たない」習慣を貫く「理由」とは 『マトリの独り言 元麻薬取締官が言い残したいこと』(高濱良次・著/文芸社)