夫に先立たれて以来、Aさんは独りで静かな生活を送っていました。子どもたちは既に独立し、それぞれの家庭を持っています。近所に友人もいないAさんにとって、日々の楽しみといえば、スーパーへの買い物と時折かかってくる孫からのテレビ電話くらいでした。 いつものように買い物を終え家路につこうとすると、Aさんの目に真新しい健康器具店の看板が飛び込んできました。「無料体験」の文字に惹かれ、少し腰の痛みを感じていたAさんは、ふらりと店内に足を踏み入れました。 活気に溢れた店内には親切な店員が数人おり、Aさんは案内を受けてマッサージチェアや足湯など、様々な健康器具を無料で試せました。体験後には、お土産として健康食品や入浴剤までもらったのです。 その日以来、Aさんは毎日のようにその店に通っています。店員たちはいつも笑顔でAさんを迎え、世間話に花を咲かせました。一人暮らしのAさんにとって、そこは温かく安らげる場所となっていったのです。 しばらくするとAさんは奥の個室に案内され、店長らしき人物から、「特別なお客様だけにご案内している」という高額な健康器具を勧められます。これまで受けた親切や、店員たちとの親密な関係からAさんはこの誘いを断ることができません。そして、その場の雰囲気に流されるまま、契約書に判を押してしまったのです。 帰宅後、不安になったAさんは、思い切って娘に電話をかけ今回の経緯を話しました。電話口で娘は、「それは詐欺かもしれない!」と声を荒げました。「絶対にクーリングオフの手続きをするべきだ」と強く主張します。親切にしてくれた店員たちを疑いたくなかったものの、娘の言葉も頭から離れません。Aさんはどうしたらいいのでしょうか。まこと法律事務所の北村真一さんに聞きました。 ーAさんが騙された手口はどのような商法でしょうか Aさんが騙された手口は、一般的に「催眠商法(SF商法)」と呼ばれるものに該当する可能性が高いです。閉鎖的な空間で開催し、無料の特典で関心を引き、親切な対応によって信頼関係を構築します。集団心理を利用して断りにくい雰囲気を演出して、高額な商品であっても断りにくい状況を作り出すのが特徴です。 ーAさんの契約は有効なのでしょうか Aさんの場合、自分から店に出向いて契約しているため、クーリングオフが適用されません。したがって、販売会社に事情を説明し解約を申し出てください。もし、解約に応じてもらえない場合は、消費者センターや弁護士に相談し適切なアドバイスを受けましょう。 過去には催眠商法で高額の健康機器を買うよう勧誘したとして、特定商取引法違反(目的隠匿勧誘)の疑いで逮捕された事例もあります。無料で配布される健康食品や入浴剤を目当てに、会場に近づくのは避けたほうがいいでしょう。 ◆北村真一(きたむら・しんいち)弁護士 「きたべん」の愛称で大阪府茨木市で知らない人がいないといわれる大人気ローカル弁護士。猫探しからM&Aまで幅広く取り扱う。 (まいどなニュース特約・長澤 芳子)