COVID-19の世界的なパンデミックによって大幅なスケジュール変更を強いられた2020年シーズンのF1。7月からヨーロッパを中心に全17戦を行なうという強行カレンダーの陰で忘れ去られそうになっているが、この年はベトナム・ハノイでのレースが4月に開催される予定だった。 世間はまだ「ロックダウン」という言葉が一般的ではなく、Zoomで友人と交流するという発想すらもなかった頃、F1は壮大な計画を立てていた。オランダ・ザントフールトでのレース復活、そしてベトナムでの初開催だ。 しかしコロナ禍の影響で、それらの計画はすべて水の泡となった。オランダGPの復活は1年遅れで実現したが、ベトナムGPのために建設された総工費6億ドル(約863億円)のサーキットでは一度もレースが行なわれなかった。 ベトナムGPは、リバティ・メディアによる新体制下のF1で初めてカレンダーに追加された新規レースだった。著名なデザイナーであるヘルマン・ティルケと共に、市街地と特設コースを組み合わせたレイアウトが設計され、特設区間は後に一般公開される予定だった。 その特設区間の建設は2019年3月に始まり、2020年4月のベトナムGP開催に間に合うよう、1年足らずでコース建設が完了した。しかし、レースは実現することなく、今もF1カレンダーに組み込まれることはない。その理由のひとつが、イベント開催のキーパーソンだったハノイ人民委員会のグエン・ドゥック・チュン委員長が汚職容疑で逮捕されたこと。グランプリとは無関係なこととはいえ、開催に暗い影を落とす結果となった。 F1カレンダー入りを果たせなかったベトナムだが、ハノイの全長3.5マイル(約5.6km)のサーキットは今も現存する。昨年末には『Beach Office』なるYouTuberが、廃墟と化したサーキットの現在をレポートするべく、敷地内に忍び込んだこともあった。 空撮写真からも分かる通り、グランプリ用に建てられたピットビルはそのまま。スターティンググリッドのラインも残されている。ただ、かつて整備されていた植栽は荒れ始めているなど、比較的最近建てられたサーキットとはいえ、手付かずで放置されていたことによる劣化は避けられていないようだ。 また、特設コースと合わせてレースで使われる予定だった市街地部分は今もハノイ市民や配達員たちが行き交う生活道路となっており、かつてサーキットを照らすはずだった照明が静かにそびえている。 結果的に、屈指のロングストレートを持つ特徴的なハノイ市街地でのレースは見られなかったが、このサーキットは2020年版のF1公式ゲームで楽しむことができる。2020年に開催されたeスポーツリーグでのF1バーチャルレースが、ある意味最もベトナムGPに近付いた瞬間だったと言える。