有名すぎて逆に観てない? 小説の実写化に成功した邦画“このシーンがスゴかった”5選

ゴールデンウィークに自宅でじっくり楽しめる映画を紹介する恒例企画が今年もやってきた。昨年末、本誌で実写版「十角館の殺人」を紹介したらわりと好評だったので、今回は「小説の実写化に成功した邦画」をテーマに、筆者の超個人的な趣味で5タイトルを紹介したい。 まあそもそも、日本映画には高クオリティな原作モノが数多く存在する。そこで今回は、わりと原作原理主義な自分が、「実写化したからこそのシーン」で感動した映画を軸に絞り込んでみた。最近よく語られる“配役の再現度”といったポイントはあえてスルー。時代に逆行していてごめんなさい。 とはいえ、あまりにマニアックすぎると入りづらい気もするので、誰もが知るような超有名作を中心にセレクトした。むしろ「有名すぎて逆に観ていない」なんてこともあるのでは……? だとしたらもったいないので、ぜひ本記事を参考に手を出してみてほしい。では早速行ってみよう! ■ 「羅生門」(1950年/原作:芥川龍之介「藪の中」) 時は平安の京都。雨降りの荒廃した羅生門の下、旅法師と木こりが語るのは、ある武士の死をめぐる奇妙な証言の数々。一体、誰が武士を殺したのか? 盗賊、妻、死んだ武士、三者三様に証言は食い違い、真相は藪の中へ――。人間の本性を問う、黒澤明の代表作。 人間は、自分にとって都合の良いように嘘をつくことがある。人が語る言葉だけでは、決して真実はわからない……。巨匠・黒澤明がそんな人間の浅ましさや心の弱さ、身勝手さを鋭く描き、第12回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞、第24回アカデミー賞で名誉賞(当時)を受賞した超絶名作だ。 ……自分から選出しておいて何だが、一作目からいきなり有名すぎるし、原作者も監督も巨匠すぎて震える。正直、筆者ごときが何か語るなんておこがましいのも自覚している。しかし「小説の実写化に成功した邦画」が主旨の企画としては、やっぱり原点として外すわけにいかないし、ここまでのビッグネームだと、有名すぎて逆に観てない人も多いんじゃないだろうか? それはあまりにもったいないので、僭越ながらチョイスさせていただいた。 このシーンがスゴい! これはもう、本作の核心である「一人称の勝手な記憶」を映像で表したところだろう。技巧派・芥川が文章で表現した、「人間が自分にとって都合良く記憶を書き換えるさま・認知の歪み」を映像で表現するならこうなる……というラディカルなヤツを見せつけてくる。 例えば、盗賊・多襄丸(三船敏郎)の記憶の中で、手篭めにされる真砂(京マチ子)が多襄丸の背中に手を回す一コマなんかは、原作にはない映画オリジナル描写で、多襄丸の勝手な認識を表すシーンとして象徴的。しかしそれは、本当に多襄丸の独りよがりな思い込みなのか? あるいは真砂も実は……? と、ストーリーが進むにつれて事実の可能性が広がり、真実がどんどんわからなくなってくる構成も圧巻。 あと有名な話だが、本作はタイトルこそ芥川の小説「羅生門」から付けられていて、舞台も羅生門からスタートするものの、内容の大半は同じ芥川の小説「藪の中」をモチーフにしている(本編オープニングでも原作は「藪の中」とクレジット)。ただ、“人間の弱さのリアル”を描くという芥川作品に共通する本質部分を取り上げていることもあり、タイトルが「羅生門」であること自体はわりとしっくりくる。そういう、“芥川文学の高尚なマッシュアップ”を実現しているのもスゴい。ちゃんと最後の方で、“下人の行方は誰も知らない感”の漂うシーンもあるし。 ■ 「砂の器」(1974年/原作:松本清張「砂の器」) 東京・蒲田駅で発見された身元不明の男の殺人死体。捜査にあたる今西刑事が、事件の背後にある「宿命」に迫っていくと、やがて浮かび上がってきたのは今をときめく天才音楽家・和賀英良の名前だった……。蒲田で起きた殺人事件の謎解きを軸に、人間の消せない過去、差別、父と子の絆を描いた社会派ミステリーの金字塔。 上述の「羅生門」に続き、「小説の実写化に成功した邦画」が主旨だとコレを外すわけにはいかないPart.2。立て続けに名作で震える。松本清張の有名ミステリーを、監督・野村芳太郎、脚本・橋本忍、山田洋次、音楽監督・芥川也寸志のスタッフ陣で映像化した一作で、俳優陣は加藤剛、島田陽子、緒形拳、そして霊界と交信する前(たぶん)の若き丹波哲郎が刑事役を務めている。 ちなみに橋本忍と野村芳太郎は、本作以前に同じ松本清張原作の「張込み」「ゼロの焦点」の映画化も手がけている。詳しい方にとっては、黒澤明と橋本忍と野村芳太郎、三者の関係とか色々掘りたい部分だと思うが、長くなるのでそれはまた別の機会に。 このシーンがスゴい! ベタで恐縮だが、かの有名な、映画のクライマックスでお遍路さん姿の親子が旅をするシーン。本作の最重要テーマ曲「宿命」のオーケストラ演奏をバックに、日本の四季折々の美しい自然の中を行く親子の姿が描かれる演出は、邦画史の中でも屈指の名シーンとして語り継がれる。 これの何がスゴいって、実は松本清張の原作では、親子が旅をしたことがサラッと記述されているだけで、それ自体が特段フォーカスされているわけではないのだ。小説に書かれていないシーンを長尺で映像化し、基本的にセリフがない演出で視聴者を画だけに没入させ、メインの見どころに昇華させるという、まさに“映画ならではの脚色”に圧倒される。 ■ 「八つ墓村」(1977年/原作:横溝正史「八つ墓村」) 岡山県某所にあるその村は、戦国時代に惨殺された8人の落ち武者のたたりになぞらえ、「八つ墓村」と呼ばれてきた。そんな八つ墓村のたたり伝説をなぞるように、今再び凄惨な連続殺人事件が幕を明ける……。岡山で実際に起きた「津山事件」をモチーフに取り込んだ横溝正史の名作ミステリーを原作にしたサスペンス大作。 世界的推理小説家・横溝正史の生み出した名探偵・金田一耕助が、岡山県の小さな村で落ち武者伝説にまつわる連続殺人事件を解決する有名作「八つ墓村」。これまでに何度も実写化されているが、最も有名なのが本作だ。「たたりじゃ~!」と叫ぶ老婆(濃茶の尼)や、頭部に2本の懐中電灯をくくりつけて闇夜を走る大量殺人鬼など、後世で何度もパロディ化されてきたキャラが生み出された一作である。 金田一耕助シリーズの映像化といえば、市川崑が監督した角川映画が有名だが、本作は監督・野村芳太郎を筆頭に「砂の器」のメインスタッフ陣が結集して制作した松竹映画。金田一役に抜擢されているのが渥美清ということもあり、パッと画面を観た時に「男はつらいよ 岡山編かな?」なんて思えるところもご愛嬌だ。 このシーンがスゴい! 微妙にネタバレ(?)になるかもしれないが、燃え盛る多治見家の屋敷を見て、8人の落武者の亡霊たちが丘の上から笑っているラストシーンを挙げたい。原作は「落武者のたたりと思わせて、実際は生きている人間が殺人事件を起こしてました」という終わり方なのだが、この映画版のラストシーンは「そんな殺人事件も落武者のたたりが引き起こしたモノでした」というオチで、さらにひとつ上のオカルトっぽさを漂わせる映像演出になっている。 ちなみにこの映画、原作とのギャップが非常に大きい作品でもある。映画は落ち武者のたたり伝説にスポットをあてたオカルト色多めのおどろおどろしい雰囲気だが、実は原作はもうちょっとさわやか(?)なのだ。途中から鍾乳洞で財宝探しするアドベンチャーな展開になるし、ロマンスイベントまで発生したりとエンタメ要素満載で、意外とハッピーエンドで読後感もスッキリ爽快。 なので上述の映画版ラストシーンも、あまりにオリジナルすぎて原作ファンの間で「その解釈いる?」と議論を巻き起こす部分かもしれないが、個人的にはここまで“オカルトみ”に振り切った演出になっているなら、コレはコレでアリ! って感じだ。 なお詳しい方はお気づきかもしれないが、ここまでの「羅生門」「砂の器」「八つ墓村」の3作品に共通するのが「脚本:橋本忍」のクレジットである。結局自分は、橋本忍の手にまんまとハマっているのだろう。次項からは、打って変わって平成以降の2作品を紹介する。 ■ 「リング」(1998年/原作:鈴木光司「リング」) 「呪いのビデオ」を見た者は、1週間後に必ず死ぬ――。そんな都市伝説の真相を追うジャーナリスト・浅川玲子は、ビデオの謎を解き明かすうちに、怨霊・山村貞子の呪いが作り出す死の連鎖に巻き込まれていく……。 言わずと知れたジャパニーズホラーを代表する傑作。監督・中田秀夫が作り上げた怨霊・貞子のキャラデザは、20世紀末の新たな恐怖アイコンとして秀逸だった。その存在は「日本の怪談」を「世界的なジャパニーズホラー」にアップデートさせたと言って良い。 しかし本作、ホラー映画史に残るヒット作でありながら、今回のような「小説の実写化に成功した邦画」という切り口で語る時に、わりと忘れられがちだったりする。映画が単体であまりにも成功しすぎて、原作情報がなくても成り立ってしまっているのがその理由かもしれない。 このシーンがスゴい! 作家・鈴木光司による原作は、謎解き要素の多いホラーミステリーの長編小説で、正直これだけでも大傑作。映画版は、それを95分の尺に収まるよう設定やストーリーをシンプル化し、恐怖を前面に押し出したホラー演出に振り切ったのが特徴だ。 実写化によって貞子のビジュアルイメージを作り上げたことも素晴らしいのだが、やはり一番スゴいのは、“貞子がテレビから⚪︎⚪︎する衝撃のクライマックス”。意外と知られていないかもしれないが、実はこのシーン、映画のオリジナル演出なのだ。まさに、“映像だからこそ恐怖が倍増する脚色”をばっちりキメてきたのがスゴい。 ネタバレにならないよう具体的にどんな演出の違いかは伏せるので、気になる方はぜひ原作と映画、両方をチェックしてほしい。原作のストーリーテリングの素晴らしさに感動すると共に、それをオリジナル演出で95分にまとめた映画版のスゴさも実感できるはず。 なお余談だが、AV Watch的目線では、映画「リング」シリーズにおける“映像メディアの変遷”も見どころのひとつだったりする。この辺りも機会があればどこかで別途語りたい。 ■ 「八日目の蝉」(2011年/原作:角田光代「八日目の蝉」) 不倫相手の子を誘拐し、4年間にわたり母親として育てた女・希和子。彼女が逃亡の果てに逮捕されると、誘拐されていた少女・恵理菜は両親の元に戻されるが、家族間はギクシャクしたまま……。やがて大学生に成長した恵理菜は、自身の過去と向き合う旅に出る。母性とは? 家族とは? を問いかける人間ドラマ。 1993年に発生した「日野OL不倫放火殺人事件」を下敷きにした角田光代の同名原作を元に、監督・成島出、脚本・奥寺佐渡子で映画化した作品。メインキャストは井上真央と永作博美で、“母性”をテーマに、不倫相手の女児を誘拐した女性の逃亡劇と誘拐された少女の成長後、二つの時間軸を交互に描く。 こちらも角田光代の原作時点で相当な傑作で、メインテーマの“母性”のほか、形骸化した家族のあり方や、親との関係が子供に及ぼす発達心理学的要素、閉鎖的な信仰施設が犯罪者の隠れ場所になるリスクなど、とにかく語れる要素が多い作品である。映画版は第35回日本アカデミー賞で10冠を獲得するなど、国内の映画賞を総ナメにした。 このシーンがスゴい! 長編の原作を“過去と現在を行き来する構成”に組み替え、ナチュラルに約2時間半の尺に収めたのも見事なのだが、筆者が映像的に「なるほど……!」と感動したのが、成長後の恵理菜(井上真央)のファッションである。まあこれは、筆者が恵理菜と同世代の女性だからより感じたというのも、あるかもしれない。 どういうことかというと、恵理菜は誘拐されていた4年間のうちの後半(4歳頃)に、訳あって男の子の服を着て過ごした期間があった。そして、大学生になった恵理菜はもちろんレディースの服を着ているのだが、基本はパンツスタイルで飾り気がなく、カジュアル&シンプルでストレートめ。 しかしこれ、そこまでボーイッシュというわけではないが、物心つく前に男の子の服を着ていた過去を持つ感じが、すごくリアルに出ている服装なのだ。常に色味が地味なのも暗い過去の背景が漂うし、「このバックボーンの女の子だったら、確かにこういうファッションになるよな」と納得できるリアリティのある演出なのである。ちなみに、また別のバックボーンを持つ登場人物・千草(小池栄子)のファッションも同じく絶妙なので、ぜひ注目してほしい。 本作も「リング」と同じく、原作を読めば細かい設定や登場人物の感情の機微について理解が深まるし、その上で映画版を観ると、ビジュアル的な演出の巧みさに感動できると思うのでかなりオススメ。なお本記事を書くにあたり、軽い気持ちで映画版を見直したら号泣して目が腫れたので、皆さんは注意されたい。 ■ 終わりに というわけで、軽く3,000字程度でまとめようと思っていたら少々長くなってしまったが、「小説の実写化に成功した邦画」“このシーンがスゴかった”をテーマに5作紹介させていただいた。もうすっごく個人的な好みに偏ったラインナップであることは自覚しているので、「あの作品が入ってないじゃないか!」などなど色々なご意見があると思いますが、どうかご容赦を……。今年も、映画ざんまいの楽しいゴールデンウィークを満喫しましょう。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加