ゲームに欠かせない「魔女」はどこからやってきたのか? 魔女狩りの歴史や“箒にまたがる”由来などに迫る

多種多様な販売形態の登場により、構造や文脈が複雑化し、より多くのユーザーを楽しませるようになってきたデジタルゲーム。本連載では、そんなゲームの下地になった作品・伝承・神話・出来事などを追いかけ、多角的な視点からゲームを掘り下げようという企画だ。企画の性質上、ゲームのストーリーや設定に関するネタバレが登場する可能性があるので、その点はご了承願いたい。 第20回はあらゆるゲームに登場する「魔女」について調べてみた。 とんがり帽子を被り、箒にまたがって空を飛び、妖術に長けた不思議な存在、魔女。いまとなってはファンタジーRPGなどでは必須の存在として登場してくるほど、ゲームではお馴染みのものとなったが、その起源はどこにあるのか。どんな種類があるのかを見ていこう。 ■キルケー 最初期の魔女として、ホメロスの『オデュッセイア』に登場するキルケーが挙げられる。紀元前8世紀頃から古代ギリシャで吟唱されていた叙事詩だ。 キルケーには薬草、呪術、変身術、誘惑など後世の魔女に繋がるいくつもの要素がすでに見られる。太陽神ヘリオスと海の精ペルセーイスのあいだに生まれた妖術師にして女神であるキルケーは、船乗りを美しい声で惑わし、アイアイエー島に誘い込んで、チーズと大麦をふるまって油断させ、魔法の杖で船乗りたちをオオカミやライオンや豚に変えてしまうのだ。 薬の調合にも長け、嫉妬深くもあり、恋敵を怪物スキュラに変えてしまうような面もある。まさに魔女のイメージを最初に作り上げたキャラクターと言えよう。ゲームにおいては『Fate/Grand Order』などで活躍している姿が見られ、ちょっとポンコツなドジっ子キャラにアレンジされている。 ■バーバ・ヤーガ 美しき女性というイメージ以外にも、魔女は人食いの鬼婆として語られることもある。スラヴ民話にはバーバ・ヤーガという妖婆がおり、今日まで子どもたちを怖がらせている。 「祖母」と「病気・苦痛」などの意味を持つバーバ・ヤーガは、人(特に子ども)をさらって喰らう邪悪な側面と、人に試練を与えて救いをもたらす善なる側面の二面性を持っており、語られ方によってさまざまに変化する。 しかしながら、見た目についてはだいたい同じであり、年老いているのに図体が大きく、鉤鼻で、醜悪。森の奥深くに魔法の小屋を作って暮らしているという設定がほとんどだ。 ゲームにおいてはスラヴ民話を下地にした『ウィッチャー3 ワイルドハント』に「森の貴婦人たち」として登場する。タペストリーに描かれている妖艶な姿とは遠くかけ離れた鬼婆が三人も現れ、多くのプレイヤーは度肝を抜かれたことだろう。 ■グリムヒルド 北欧神話や古ノルド語の叙事詩に登場する彼女は、裏切り者・策略家・運命を操る者としてのイメージがある。 『ボルスンガ・サガ』では王妃として登場し、ワルキューレ(ブリュンヒルド)を想う英雄シグルズに忘れ薬を飲ませ、娘であるグズルーンと婚約させることで、自らの王国にシグルズを取り込むことに成功している。 のちに彼女は『ニーベルンゲンの歌』でも語り直されるが、日本人にも馴染み深いのはディズニーの初長編アニメーション『白雪姫』のヴィランであるグリムヒルデだろう。魔法の鏡に語り掛け、世界で一番美しいとされる白雪姫に近づくために老婆へと変身し、霊薬を飲ませようとするなど、悪い魔女のイメージをポップカルチャーを通じて世界中に浸透させた。 ここまでは代表的な魔女をいくつか紹介したが、次は魔女狩りや箒、とんがり帽子などといった事件やアイコンについて解説していこう。 ■魔女狩り 魔女だと疑われた人物が逮捕され、拷問や処刑に掛けられた歴史上の迫害行為のことであり、主に15世紀から18世紀のあいだに行われた。 古代において呪術師や薬草医は重宝されていたが、黒死病の流行といった社会的不安が醸成したことや、教会が異端と魔女を結び付けていったことにより、民衆のあいだに徐々に魔女が災厄をもたらしているという常識が植え付けられていった。決定的だったのが1486年に異端審問官であるハインリヒ・クラーマーが記した『魔女に与える鉄槌』の存在である。 魔女の発見や弾劾を目的として書かれた本書は、教皇インノケンティウス8世が『限りなき願いをもって』という回勅(かいちょく・カトリック教会の公文書のこと)で触れたことで、権威化してしまい、血塗られた時代を切り開いてしまうこととなった。 魔女狩りは主に欧州(特にドイツやフランス)で行われたが、アメリカのセイラムでも20人が処刑され、歴史上の惨劇として有名である。現代では観光地化しており、魔女狩りについて学べる博物館や、地元のスポーツチームや警察が魔女のマークを使用している。 ■とんがり帽子 魔女のアイコンとしてよく用いられるのは黒く尖った帽子だが、由来はよくわかっていない。筆者が調べた限り、有力な説は四つほど存在しているようだ。 ・13世紀のヨーロッパでユダヤ人が身分を示すために被らされた「ユーデンフート」という円錐形の帽子を起源とする説。 ・17世紀のクエーカー教徒が被っていた黒い帽子を起源とする説。 ・中世の貴婦人が常用としていた「エナン」というごく一般的なとんがり帽子を起源とする説。 ・中世イングランドでビールの醸造を行っていた女性(エールワイフ)が被っていた帽子を起源とする説。 ■箒 箒に関しても、とんがり帽子と同様にこれといった確証のある説はないようだ。先述したエールワイフたちの件に則ると、当時イングランドではビールを売っている建物は外に箒を立てかけるのが常であった。エールワイフたちは基本的に社会の片隅で暮らす独り者の女性が多かったために、イメージが連鎖して魔女=箒といった具合に紐づいていったのかもしれない。 また、魔女狩りの時代に弾圧されたワルド派は、サバトへ行くために股の間に特殊な軟膏を塗り、杖に跨って飛んだという話を拷問によって吐かされた。これは「飛行軟膏」と呼ばれ、アルカロイドを含む幻覚性植物を粘膜から摂取したために強烈な幻覚体験をしたのではないかと考えられている。 とはいえ、このイメージを全世界的に知らしめたのは1939年のミュージカル映画『オズの魔法使』だ。西の悪い魔女が箒で空を飛ぶ姿は、以降の魔女のイメージを塗り替えるほどの衝撃があった。 2700年前から我々の文化に根付いている存在、魔女。調べれば調べるほどその奥深さに魅せられていった。現在のエンタメ作品においてもあらゆるヴァリアントが生まれ、人々に愛されている。 ■参考文献: 『魔術の歴史 魔法伝説と呪術師たちの物語』(ナショナル ジオグラフィック 別冊) ジャン・ミシェル サルマン著・富樫瓔子訳『魔女狩り「知の再発見」』(創元社)

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