「刑務所に戻りたかった」出所から2日後に二人のボランティアを轢き殺した男の“身勝手すぎる論理”

日々のニュースに埋もれ、忘れ去られてしまいがちな事件や事故の当事者などの“声”を独自取材しているYouTubeチャンネル『日影のこえ』。同チャンネル取材班は5月11日に『福島・三春町2人ひき逃げ殺人』を取材した動画の後編を公開した。「刑務所に戻りたい」という身勝手な理由から事件を起こしたM受刑者の“声”と事件の背景に迫っている。動画をもとに構成する(動画ではMは実名ですが編集部判断によりイニシャル表記とします)。 ◆「亡くなったのは被害者が避けなかったから」 福島県中央部に位置する三春町(みはるまち)。事件はのどかな一帯を走る国道288号線で起きた。‘20年5月、国道288号線と並行して流れる桜川の清掃を行っていたボランティアが、路肩にカラーコーンを置き、その内側でゴミ拾いをしていたところ、突然、時速60km~70kmで走るトラックが突っ込んできた。そして、ボランティアに参加していた55歳の男性と52歳の女性が轢かれ死亡したのだ。 トラックのハンドルを握っていた男は当時50歳だったM。彼は逮捕されると驚くべき供述をした。 「生活に不安があり、刑務所に戻りたかった。轢く相手は誰でもよかった」 事故ではなく、無差別殺人だったのだ。Mはこの事件を起こすまでに数度の逮捕歴があり、刑務所にも服役していた。驚くべきはこの事件を刑務所から満期出所した2日後に起こしていることだ。 出所した翌日、Mは知人の伝手で紹介された解体業の会社に行き、働くことを決めた。寮もあてがわれ、すぐに入居。住居と仕事を手にしたことになる。ただMはその日の夜、言いようもない不安に駆られたという。新しい人間関係や未経験の解体業などへの不安が募り、犯罪をして刑務所に戻りたいと考えるようになったそうだ。 Mは解体業の会社のトラックを盗み出し、寮を飛び出した。そして、あてもなく運転していると、ボランティアで清掃活動をしていた二人を見つけ、アクセルを踏み込んだのだ。事件について何を思うのか、私たちは仙台拘置所にいるMに手紙で問うた。なお、Mが書いた手紙は誤字や脱字、表現として不適切なところも多いが、出来る限り原文のママ、お伝えする。 《被害者の人たちには、本当に悪い事をしてすまないと思っております。ですが、最初から殺害をするつもりはなくてケガをさす位で避けて、逃げる事が出来ると思っておりましたのが事実の事でありました。 少し前を歩いていた女性の証言の言葉では、危ないと思って車が近づいて来て危ないと思った。との言葉でしたし被害者たちになってしまった人たちも危検回避行動がなぜとれなかったのか凄く不思議に思っている所でしてガードレールもありましたが普通の一般の成人の人で有ったならばひと動作でまたぎこえる事が可能な高さだったと思っておりますが凄く不思議に思っている所で有ります》(2022.11.28) つまり怪我をさせようとは思っていたが、あくまで被害者が亡くなったのは被害者が避けなかったからだ、そんな主張に聞こえる。繰り返しになるが、トラックのスピードは時速60kmを超えていたにもかかわらず、だ。そんなMに対し、裁判員裁判で行われた一審では死刑判決を言い渡している。Mは控訴した。そんな時期に私たちの元に届いた手紙は自分が置かれている境遇への不満であふれていた。 ◆「官能本も好みではあります」 《仙拘(せんこう・仙台拘置所の略)の職員にコロナ感染者が出てしまったために外運動が中止になってしまいました》(2022.11.08) また、官本(かんぽん)と呼ばれる拘置所から借りられる本が減らされたことについても、《前の時は週2回だったので漫画本なども拝読が出来ておりましたが、減らされてからはガマンを強いられています》(2022.11.08)と不平をこぼす。 他にも「横臥(おうが)」と呼ばれる、寝転がることが許される時間や、入浴時間についての不満も綴られていて、改善を求めて申し立てをしているとも明かしている。拘置所でもっと快適な時間を過ごしたい、そう言いたげだ。 勾留されているとは言え、基本的人権は守られて然(しか)るべきというのは大前提だ。だがMの場合は、余りにも身勝手な理由で二人の命を奪っているのだ。そして本人もそのことについては争っておらず、量刑不当という理由で控訴している時期だった。しかし、手紙にはそんな時期だとは思えないような差し入れの依頼も書かれていた。 《漫画本ではキングダムやゴールデンカムイなどが好みとなっております。それと官能本も好みではあります》《エッチ系のものはどのジャンルがお好きですか》(2022.11.8) 犯罪を繰り返し、ついには余りにも身勝手な理由で二人を殺めたにもかかわらず、エロ本の類を送るよう話すM。彼はこれまでどのような半生をおくってきたのか。手紙には私たちの質問に答える形でこう綴られていた。 ◆故郷を取材して判明したMが孤独だった理由 《自分の出身は福島県伊達市の出身になります。家庭環境は一般家庭よりは少し貧困だったと思っております》(2022.11.28) 《実家の方は健在しておりますが付き合いが途絶えてしまっているところであります。兄弟等も健在しております。伊達市で思い出深い場所等は皆様変わりしてしまいまして何も無くなってしまいました》(2023.01.15) 心許せる人がいない、そのことが事件へと駆り立てたとMは説明する。事件の動機は「刑務所に戻りたい」というものだった。なぜ、刑務所に戻りたかったのか質問すると……。 《不安と寂しさだったと思います。社会の冷たさや嘘が多いこと等々と思っています》(2023.01.15) Mが孤独を感じていたことは恐らく間違いないだろう。そもそも私たちのような一介の記者に頻繁に手紙を送ってくることがその証左とも言える。手紙では、他に死刑囚のボランティア団体などとしか交流はないとも綴っていた。 ただ、福島県伊達市、彼の故郷を取材すると孤独という言葉の聞こえ方が少し変わってくる。Mはペンキ職人などで生計を立てていたが30歳前後の頃から、犯罪を繰り返すようになっていた。しかもその度に冤罪だ、自分は悪くないと反省の色を見せなかったという。週刊誌報道も入れると分かっているだけで逮捕歴は5件。刑務所にも長くいたようだ。 当初、兄弟家族などは更生を信じ、近所の目も顧みずに支援をしていた。ただ、いつしか限界を超えてしまい、ついには疎遠になっていった。家族とは疎遠になっていたものの、Mはまるっきりの孤独というわけでもなかった。事件を起こす2日前、出所したMを迎えに行き、仕事を紹介しようとした人がいた。 《高校時代の1つ下の学年の後輩の人と3つ下の知り合いの後輩だった人たちでありました。事件後は交流が途絶えている所であります。お手紙を出してみても返信がない所でいるところであります》(2022.12.12) Mは、刑務所まで迎えに来てくれた知人の伝手を辿り、解体業の会社に迎え入れられている。しかし、まさに恩を仇で返すが如く、その会社のトラックを盗み2人をはねるという事件を起こしているのだ。交流が途絶えている、とあっけらかんと言うが、知人の思いを考えればそれはそうだろうとの思いを抱かずにはいられない。Mが孤独に陥ったのは自身にも責任があったのではないだろうか。 ◆「死刑破棄」の判決に遺族の無念の声 裁判は高裁判決ではMの「確実に殺害しようとしたわけではない」という主張が認められ死刑が破棄された。その後の最高裁も、高裁判決を支持、無期懲役が確定。Mはかくして、自らの望み通り、刑務所に戻ることが決まったのだった。判決が言い渡された時、傍聴席にはすすり泣く声が響いたという。 実は、この事件をめぐっては一審で死刑判決が出た後、被害者である55歳男性の妻がコメントを発表している。 「裁判が始まり、事実が聞けると思っていました。しかし、始まってみると、犯人からの声はあまりにも小さく、何を話しているのか聞き取れないこともたびたびで、聞き取れても『そうかもしれません』『だったかと思います』などの言葉。犯人がしたことなのに、なぜ断定した言葉で話せないのか。 そんなあいまいな考えのまま犯人の身勝手な夢をかなえるため二人もの命を奪った。言語道断です。主人はどんなことがあってももう戻ってきませんし、私たちは許すことはありません。私たちはこの後も苦しみ続けます」 国道沿いの道路の清掃ボランティアを行っている最中に命を落とした二人の被害者。無期懲役という司法の判断に納得出来る遺族、関係者はいないだろう。そのボランティア活動は、事件以来、休止になったままだ。 事件から5年、改めて被害者が清掃活動をしていた場所を確認すると、見る影もないほどゴミが散乱していた──。 YouTubeチャンネル『日影のこえ』

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加