酒気帯び運転の呼気検査は、ぶっつけ本番「1回こっきり」・・・「2回検査はできません」とはどういう意味か?

「交差点で車3台からむ事故→1人から基準値3倍のアルコール 22歳大学生の男を逮捕「納得できない。8時間以上寝た。完全に抜けていると思った」と3月16日、RKB毎日放送が報じた(6月3日時点では該当記事が削除されている)。 16日の午前6時すぎ、北九州市内の交差点で右直事故が起こった。まず、右折車と直進車が衝突。直進車に後続車が追突して多重事故に。そのうち直進車の大学生(22歳男性)が酒気帯び運転で逮捕されたという。 酒気帯びの基準値は、呼気1リットル中のアルコールが0.15mg。3倍ってことは0.45mgだ。「8時間以上寝た」が本当だとして、0.45mgも出るのか。 手元に『図解 交通資料集』(立花書房)がある。「秒間における時速別進行距離表」とか「信号サイクル状況報告書」の書き方とかさまざま載っている。警察、検察向けの実務書で、刑事裁判でもたまに書名を聞く。 その資料集に「呼気中アルコール濃度換算表」がある。「男子・体重60kg」がアルコール15%のビール大瓶(びん)5本(3165ml)を飲んだ場合、8時間後の数値はこうだ。 ・上野式算定法 0.30~0.73mg ・ウィドマーク法 0.36~1.29mg 上野式算定法もウィドマーク法も「アルコール濃度」を求める計算式だ。上野式算定法のほうは、息や汗で体外へ排出される分なども考慮しているという。同じく「日本酒15%」で5合(900ml)の、8時間後の数値はこうだ。 ・上野式算定法 0.14~0.55mg ・ウィドマーク法 0.20~1.04mg 「焼酎25%」を540ml(3合)飲んだ場合、8時間後はこうだ。 ・上野式算定法 0.14~0.55mg ・ウィドマーク法 0.20~1.04mg ビールの大瓶5本、日本酒5合、焼酎3合、かなりの量である。大量に飲酒すれば、8時間後でも0.45mg程度は出ておかしくないわけだ。 しかし、である。0.45mgも出る状態だと、自分で自分が酒臭くないか? 「ああ、まだ酒が残ってるなあ」と感じないか? 私自身の長年の飲酒経験からいえば、間違いなく感じる。ところが本件の大学生は「完全に抜けていると思った」。どうなっているのか。 「責任逃れでうそを言ってるに決まってるだろ」 いや、そうは言い切れない。口腔内の微物が影響することがある。49歳の公務員が酒気帯び運転で捕まり、懲戒処分を受けた。ところが刑事裁判のほうで、さまざまな実験を踏まえ、微量のアルコールを含んだ入れ歯安定剤、その影響が否定できないと無罪になったことがある。私は傍聴した。のちに懲戒処分は取り消されたという。 22歳の大学生が、安定剤を必要とするタイプの入れ歯を使用、とはちょっと考えにくい。でも、奥歯の間や歯周ポケットの微物が影響する可能性は否定できない。 しかも、である。以前、『ラジオライフ』(三才ブックス)の企画で、妙なドリンク剤とか「アルコール消しグッズ」の実験をやり、私は被験者を志願したことがある。そのとき痛感したね。どんなグッズより確実に効くのはこの2つだと。 ・奥歯の間はもちろん口腔内の粘膜も洗うような、徹底的なうがい ・肺の空気を何重にも入れ替えるような、徹底的な深呼吸 この2つが、呼気検査の検査値を確実に下げる。驚いて私は何度も試した。間違いない。22歳の大学生はそんなことをまったく知らなかったろう。 加えて、誰も問題にしない、怖ろしいことがある。化学物質の測定の専門家に言わせると、この種の検査に誤差は付きもの。必ず複数回の検査をおこない、中間値や平均値などをとるという。だが、酒気帯び運転の証拠とする呼気検査は、ぶっつけ本番、1回こっきりだ。なぜ? 検査値を否認する刑事裁判で、検査をおこなった警察官(交通機動隊の若い巡査)が証人として出廷したことがある。再検査をなぜしないのか、弁護人から尋ねられ、巡査はきっぱり証言した。 「それはもう、もう1回は、やらないです。器械(印字式の呼気検査装置)の正確性を保つためです。もう1回測ることはできません。器械の正確性を保つため、2回の検査はできません」 私の手元に、印字式の装置の取扱説明書がある。呼気袋(運転者が呼気を吹き込む、容量1リットルのポリ袋)を外すとリセットランプが点灯。しばし待機して次の測定をおこなえる。 「2回の検査はできません」とはどういう意味か。2回測ると違う結果が出る。検査値は正確と言い張れなくなる、そうとしか聞こえない。そんな検査の上に、罰金刑、懲役刑、免許停止・取り消し処分、公務員の懲戒処分などがあるのだ。 逆に、じつはだいぶ飲酒したのに検査値は0.14mg、検挙されずにすんだケースもあるはず。どっちにしても、怖ろしいことだと私は思う。 ・歯の隙間の微物に含まれたアルコールに検査装置が反応した ・誤測定または検査値の誤表示があった ・22歳の大学生は、あからさまなうそを言った そのへんは現時点では分からない。今後分かることもないだろう。そうやって日々の事件報道は過ぎ去っていく。 最後に、念のため言っておこう。クルマは一瞬のミスで凶器になりかねない。注意しているつもりでも、過失で事故は起こり得る。そこにおいて、飲酒しての事故は過失じゃない。未必の故意による無差別殺傷事件に等しい、私はそう思う。 文=今井亮一 肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりのジャンルを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し、大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から交通違反以外の裁判傍聴にも熱中。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加